IS バニシングトルーパー 022-023
「なのに何も感じない貴様は、ただのバトルマシンだ!!」
ジェネレータの出力を上げていく。傷だらけにも拘わらず、超闘士と共に渾身の力を振り絞る。
頼む、グルンガスト。このふざけた男をぶっ飛ばすまで、俺もお前も、まだ倒れない。
「ふん、この俺がバトルマシンか……だが一々感傷に浸る貴様らは、兵士失格だ!」
「今の俺は兵士じゃない!! 愛の戦士だ!!」
「くわぁっ!!」
剣で押さえ込んでいるアクセルに、膝蹴りを入れて飛ばす。そしてこの僅かな時間に、イルムはグルンガストの必殺技の発動モーションに入った。
「天に二つの禍つ星…!」
剣を垂直に構えて、そっと剣身に指を這わせる。
それだけの動きで、場の空気が一瞬で変わった。
空を覆って行く黒い雲に、太陽は遮られる。日の光を失った空に輝く、真っ赤な星が一つ、二つ。
この異常な光景から本能的に危険を感じた鳥達が、悲鳴を上げながら森の木から逃げ出す。
「何だ! 何なんだこれは!!」
真っ赤な星が放つ禍々しい光を目にしたアクセルですら、思わず戦慄を覚えた。
だがその問いにイルムが返事することはない。吉凶を掌る星の力を借りて、今はただ、敵を大凶の方角に追い込む。ウイング状のスタビライザーに付いているスラスターを吹かし、イルムは真っ黒な空へ飛び上がる。
「その名も、計都羅喉剣!」
上から下へ真っ直ぐに、この暗闇の中でも黄金の輝くを放つ剣を一直線に振り下ろす。
外しはしない、逃がしもしない。
「しまった……!!」
戦慄に囚われ回避の機を逃したアクセルは、もう一度スザクブレードで受け止めようとする。
だが、無駄だ。意地を賭けたイルムの一撃は、誰も止められはしない。
「暗・剣・殺!!」
「何っ!!」
計都羅喉剣の刃はアークゲインのブレードを砕き、エネルギーシールドを切り裂き、その青い装甲に深い斬撃痕を抉った。
そして、もう一度剣を水平に構えて、とどめの一撃を放ち、
「ザァァァン!!」
アークゲインの装甲に、大きな十文字を刻み込んだ。
「うわぁぁぁぁああ!!」
装甲の深い所まで刻み込まれて、内部の機械が爆発する。全身が焼かれるような痛みを味わい、アクセルは絶叫して地面に片膝をついた。
「くっ、抜かった……!!」
「ISを解除して投降しろ。言っておくが俺は脅しなどしない。抵抗したらすぐに殺してやる」
「チッ、立ってるのがやっとのくせに、俺に投降しろだと?」
「貴様よりマシさ」
口では強がっているが、イルムの状況もアクセルと大差はない。大破寸前の状態で計都羅喉剣を発動したせいでグルンガストも大分ガタが来ている。剣を構えてアクセルの前に立つのが限界だ。
「抜かせ。まだまだ俺もアークゲインも……!!」
しかしもう一度立ち上がろうとするアクセルに、通信チャンネルからW17の声が届いた。
『残念だが、タイムアップだ、隊長』
「……何っ!?」
『撤退掩護を行う』
「……チッ。わかった」
劣勢から逃げるのは癪だが、作戦時間オーバーなら仕方がない。戦士として納得できないが、兵士としては忠実に作戦を遂行すべきだ。
これがアクセルの判断だった。
「投降する気はないか……」
アクセルに投降の意志がないと判断して、イルムは剣を振り翳す。冷酷になるべき時に冷酷にならなければ、さらなる犠牲を生むだけだ。
それだけの危険性を、目の前にいるこの男から感じた。
「なら……っ!!」
ドゴォォン!!
剣を振り下ろそうとする瞬間に、後ろの森奥から火薬の爆音が聞こえた。
「……っ!」
バズーカの発射音だった。空気と摩擦する音を立てながら一発の砲弾が飛んでくる。
パァン!!
ただの弾頭ではグルンガストにとって何の脅威にもならん。だが着弾前に爆発したその弾頭から噴出されたのは、大量の煙と金属破片だった。
「妨害か!!」
一瞬だけだが、金属破片によって既に機能不全のハイパーセンサーは麻痺した。それが敵からの妨害だと気付いたイルムは迷わず剣を振り下ろす。
しかし、この斬撃は空を切った。
「チッ……逃げられたか」
煙が晴れた時、アクセルの姿は既にどこにもいなかった。センサーを作動して周囲を探知してみると、アクアとゲシュペンストMK-II改の反応しか検出できなかった。
強引にアクアを運んだら簡単に追跡されるから、潔く諦めたのだろう。確かに正しい判断だ。
取り合えず亡国機業によるコア強奪作戦は阻止できた。後の事後処理は他の連中にまかせても大丈夫だろう。そう思って、イルムはグルンガストの展開を解除して地面に仰向けに倒れこんだ。
もうすぐ、実弾を充填したアステリオンがアクアを助けに来るだろう。それまで一休みとさせてもらおう。
流石に疲れた。体中痛いし。
「明日の飛行機に乗って帰りたいけど、無理かな……って」
顔を横へ向けると、まだ気絶しているアクアが目に入った。
「この子……胸大きいな」
いつも通りのイルムであった。
IS学園、月曜日の朝。
SHRまでまだまだ余裕があるこの時間、学生寮の廊下にクリス、セシリアとシャルロットの三人が歩いていた。
週末に色々とあったが、平日になったらまだいつもの授業が待っている。今の三人は朝食を取るために学食に向っている。
「セシリア、香水の種類を変えたのか?」
静かに歩いている途中、隣から漂っている香水の匂いがいつもと違うことに気付いたクリスは、セシリアに話題を振ってみた。
「えっ、ああ……はい。もう気付いてくれましたの?」
「毎日セシリアと顔合わせているからな。これくらい流石に気付くよ」
「そ、そうですの? 気分転換のつもりで変えてみましたが、如何ですか?」
「うん……甘さ控えめでほんのりしてるけど、いいんじゃないか? 優しくて知性的な女性って感じで、セシリアに似合っているかもな。」
セシリアの肩に顔を寄せて、すん、とクリスはその香水の匂いを嗅いだ。
「あ、あの、そんなに近づいたら私……」
頬を染めて、セシリアは恥ずかしげに顔を逸らした。
「あっ、ごめん。これ、イタリア製の香水だよね?」
「ええ、雑誌の紹介文章で興味が沸きましたので、取り寄せましたわ。クリスさんもよく分かりましたわね」
「これくらいはな。でも香水一つで随分とイメージが変わる。今日のセシリアはいつもより大人っぽい感じがするよ」
「そ、そうですの?」
初めて使った香水がクリスに褒められて、セシリアは肩に掛かった髪に指を絡めて、はにかむように笑った。
しかし、二人の隣に居るシャルロットにとっては面白くない光景だ。
「ふっ!」
「くぁっ!!」
低い掛け声を立てて、セシリアの方を見ているクリスの横っ腹にボディブローを入れた。そして驚いて振り返るクリスの視線に、涼しい顔で返す。
「先に行くから、お二人はごゆっくりね! ふんっ!」
困った顔してるクリスと訳が分からないセシリアを置いて、シャルロット早足で先行した。
「はぁ……」
作品名:IS バニシングトルーパー 022-023 作家名:こもも