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IS  バニシングトルーパー 022-023

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stage-23 動揺



キーボードを十分間程叩いて、手を止めて液晶スクリーンを凝視して鼻で小さなため息をつく。そして自分は作業中であることを思い出して、もう一度手を動かす。
 水曜の夜に、パソコンと向き合ってぼうっとしているクリスであった。

 最近はいつもそうだ。授業中だろうと練習中だろうとどうも身が入らない。自分の思った以上に、自分は情けない奴だったのかもしれない。

 目薬を手に取り目に一滴を差して、目を瞑って背を椅子に預ける。
 (ダメだな……俺ってこんな女々しいやつだったけ)

 月曜の学食で一瞬だけレオナと目があったが、直ぐに逸らした。その後食べた物は味すら感じなかった。
 自分の中ではレオナのことは既に過去。もう直接会うことはないと思ったし、会っても冷静に対応できる自信があった。
 しかし先日レオナと目が合った時、頭の中では真っ白で、何も言い出せなかった。
 今のレオナはエルザム少佐の元に配属されたらしい。望みが叶ったから、おめでとうって言うべきか。
 いや、言ったらまた投げられる予感がする。
 大体、何をしに来た。訳分からん。

 シャワー室の水音が止んだ。シャルロットがシャワーを浴び終わったのだろう。
 さすがにこんな無様な格好を見せたくないな。携帯を持って、逃げるようにベランダに出る。

 段々と暑くなってきたこの季節、夜風が体に当てて中々に気持ちいい。
 最近隆聖達はあまり遊びに来ない。学年別トーナメントに向けて猛練習してるから、疲れてるんだろう。あの二人は負けず嫌いだからな。
 特に一夏の方は今新しい転入生に因縁つけられてるし。

 (……この以上戸惑うのは止めよう。レオナが学園に来たくらいで何取り乱してるんだ。ただの転入生だと思っていつも通りにやればいい。それに、シャルロットにだらしない格好を見せるわけにもいかないしな)
 距離を保ったまま接してくるセシリアと違って、シャルロットは大胆に踏み込んでくる。だからこそこんなにも気になるのだろう。
 可愛くて優しい、健気で気も利く。正直自分には勿体ないくらいいい子だ。そんな子が側に居たら気にならない男はいないと断言できる。
 愛想尽かされないようにしないとな。

 夜風の中、携帯を弄って意味もなく登録番号をチェックして見ると、イルムさんの番号が目に入った。そういえばまだアメリカにいるのだろうか。仕事の方はどうなったんだろう。
 そう思って、通信ボタンを押す。数回コール音が響いた後、携帯からお馴染みの声が聞こえた。

 「よっ、クリスか。どうした?」
 同時に、背景から複数の女の笑い声も耳に入ってきた。

 「……イルムさん、何やってるんですか」
 「えっ、俺? 今病院の庭でナース達と鬼ごっこしてる」
 「……病院? 怪我でもしたんですか?」
 声は元気そうだが、さすがに病院にいると聞いては心配してしまう。

 「まっ、ちょっと打撲でな、大した事はないから明後日の飛行機で本社に戻る予定だ。それより何か用事でもあるのか? こんな時間で俺に電話して。そっちは夜だろう?」
 「まぁ……仕事失敗してないか、ちょっと確認」
 「はっ、俺を見くびるなよ? 超楽勝だったぜ。それより聞いてくれよ、こっちのナース達は超セクシーでさ、あ~んとかしてくれるんだぜ? 羨ましいだろう」
 本当は腕に包帯が巻かれてるからだけど、弟子の前では見栄えも張りたくなるのがイルムだ。

 「……羨ましくないですよ」
 「何だよお前、ノリ悪いな。何か問題でも起こしたのか?」
 「うまくやってますから、心配は要らないですよ」
 「そうかい? なら別にいいけどよ。うちの流派は一子相伝だからさ、お前がナンパを卒業するって言い出した時、カザハラ流はどうなってしまうんだって嘆いてたんだけど、どうやら心配しなくても大丈夫そうだな」
 「いやナンパの話じゃありませんから。というか一子相伝ってどういうことよ」
 「あれ、言ってなかったけ。一子相伝だようち。完全習得したらお前も死ぬ前に継承者を見つけてカザハラ流を伝授する義務が背負わされるぞ」
 「聞いてませんよ!」
 「冗談だよ。お前は奥義を学んでないから、正式の継承者として認められてない」
 「……継承者の話はどうでもいいですけど、一応どんな奥義があるのか、聞かせてください」
 「ああ、うちの流派の奥義はな、愛と哀の両方を極めないと習得できないけどさ、習得できたらどんな哀の修羅場でも愛のハーレムに転換できるぜ。どうだ、教えてほしいか」

 「結構です。というかイルムさんも習得できてないよね?」
 「俺はリンは居ればいいさ。ハーレムなんて面倒くさい」
 「毎日ナンパしてるのに?」
 「女遊びはいくらでもするけど、恋愛対象は一人だけでいいんだよ。そこをはっきりしている限り、俺は俺を貫くぜ?」
 「……格好良い台詞ですね」
 「まっ、あくまで俺のポリシーだ。お前はハーレムを作りたいなら別に反対しないぜ」
 「面倒くさいから嫌です」
 「ふん、さすが俺の弟子だな。でもこれでは奥義が失伝してしまうから、頼むから学んでくれよ」
 「……本当に結構ですから」
 「あっ、今迷ったよね」
 「違います」
 今の間は決して迷ったわけではないと、自分を信じたい。

 「まっ、とにかく俺は問題ないから、お前もさっさと寝ろ。明日も授業だろう?」
 「はい、イルムさんはナース達と遊べるほど元気そうですし、そろそろ寝ますよ。では」
 「ああ、じゃな」
 電話を切って、思わず微笑む。やはりなんだかんだでイルムさんと話するのは楽しい。
 携帯を閉じて、ベランダから部屋の中に入ると、ジャージ姿をしているシャルロットは自分の机の前でアイスを食べてた。

 「お帰り~電話終わった?」
 「まぁな」
 クリスが入ってきたのを見て、微笑みかけてくるシャルロットはアイスを一口掬って差し出す。
 「ア、アイズ食べる?」
 顔が真っ赤なのに、上目遣いで期待に満ちた目線を向けてくる彼女がまるで小動物のようにかわいい。

 「やれやれ」
 ばくっとシャルロットが差し出したアイスを食べた後、正面から彼女をぎゅっと抱きしめた。まだ少し濡れてる髪から漂っているシャンプーの香りが鼻に入って来る。

 「はわっ! どどどうしたのいきなり?」
 クリスの行動が突然の過ぎて、シャルロットが彼の腕の中で慌てだす。
 「すまん。シャルロットが可愛いから我慢できなくてな。少しだけの間そうしててもいいか?」

 シャルロットの抱き心地は最高だ。柔らかい上にいい匂いをしてる。肌の温もりもいい感じだ。
 「……いいよ」
 アイスを机の上に置いて、シャルロットもクリスの後に腕を回して抱き返す。

 「あのさ、シャルロット。実は白状したいことがあるんだ」
 「あの四組の転入生が例の女子Aだってこと?」
 どうやらとっくにばれてたようだ。自分は意外と演技できないタイプらしいと気付くクリス。

 「……気付いたのか」
 「月曜の午後からクリスの様子がおかしかったし、あの転入生もドイツ軍で軍事名門出身でしょ? 条件が揃いすぎだよ」
 「凄いな。普段通りを演じたつもりだったのに」