IS バニシングトルーパー 025
マリオン博士にはもう少し荒っぽく扱っても大丈夫って言われているけど、やはり直ぐにはなれない。まだ二日目だから、仕方ないことだ。
多少の不慣れはエクセレンにフォローしてもらおう。
「……ん?」
突如、ゲシュペンストMK-IIIのプライベートチャンネルに、エクスバインボクサーからの通信が入った。チャンネルを開くと、クリスの声が聞こえてきた。
「体は大丈夫か?」
いきなり心配そうな声で体調のことを聞いて来た。
「えっ、体? 大丈夫だけど……」
「そうか。MK-IIIの操縦は体に負担が掛かるから、気をつけろ。本当にきついなら、無理しないで直ぐにギブアップしろよ」
「うん。ありがとう」
またクリスに気遣われた。素直に嬉しいって思った自分を自覚して、胸奥から起き上がる暖かさと共に、申し訳ない気持ちが膨らむ。
「……昨日の夜はごめんね。閉め出しちゃって」
「気にするな。麻酔薬やキックと比べれば可愛いもんだ」
「キック……?」
「こっちの話だ。それより模擬戦が終わったら話があるから、更衣室で待ってろよ」
「話?」
「ああ。一応大事な話」
「それって……」
もう少し詳しく聞こうとしている時、アリーナのら真耶のアナウンスが聞こえた。
『それでは双方とも、開始位置まで移動して下さい』
「じゃ、また後でな」
それだけ言い残した後、クリスは通信を切って、セシリアと一緒に指定された位置まで移動し始めた。そしてクリスの言う“大事な話”に首をひねりつつ、シャルロットもエクセレンと一緒に開始位置まで移動した。
「シャルルちゃんは思う存分にやって頂戴。後ろは私に任せて大丈夫だから」
パルチザン・ランチャーを握ったまま、片手でシャルロットの肩を軽く叩いたエクセレンはパチッと片目をつむりウインクをして見せた。
「はい!」
今から模擬戦だ。余計なことを考えないで、性能を引き出すことだけを考えよう。
―――――!!
アリーナにブザーが鳴り渡ったのと同時に、四人が同時に動き始めた。
セシリアとエクセレンは互いのメインウェポンで撃ち合いを始めつつ高度を上げていき、それと同時にシャルロットとクリスは前方へ突進した。
「先ずは牽制から!」
バーニアの噴射を抑えつつ、シャルロットはゲシュペンストMK-IIIの左腕にある5連チェーンガンを前へ構えた。唸りを上げた銃身から高速徹甲弾が撃ちだされて、クリスのエクスバインボクサーへ飛んでいく。
それに対してクリスは横へ避けつつ、拳を握り締めて更に接近する。
射撃出来なくなった訳ではない。しかしゲシュペンストMK-IIIの突進力を考えると、銃器を呼び出したら急に接近された対応が遅れる。特に相手はシャルロット、そういう戦闘スタイルはお手の物だ。
「この距離、貰った!!」
ボクサーの腕部グリップを操作して、クリスは自分の間合いに入ったシャルロットに右ストレートを放つ。淡い緑光に包まれて襲ってくるパンチに対して、シャルロットは一歩下がってかわしたあと、左腕に取り付いている小型のシールドを前へ構えた。
「シールド?」
以前見たゲシュペンストMK-IIIの設計プランになかった装備だ。しかしメキボスが持っていたシールドと比べれば、ゲシュペンストMK-IIIのシールドはあまりにも小さい。そんなものでは、ボクサーのパンチ一撃も防げやしない。そう思って、クリスは続いて左拳を振り出した。
「そんなもので!」
しかし自分の言葉の後、クリスはそのシールドに疑問を感じた。左腕の真ん中にはチェーンガンの弾倉が配置されていて、それをシールドは守っていない。それではシールドを構えた所で、まず弾倉が破壊される。いくらマリオン博士が非常識でも、さすがにこんな馬鹿みたいな設計はしないはず。
(というか、シールドの表面装甲構成がおかしい。まるで……)
「かかった!」
シャルロットの声と同時に、シールド表面装甲が自動的に展開した。そしてその装甲の裏面に大量に配列している白い四角形目にした瞬間、クリスの表情が厳しくなった。
「しまった!!」
急いでクリスは地面を蹴って右後へ跳び、ボクサーの両腕を前方に構えて防御に転じたが、安全距離を取る前にシャルロットがクリスに向って構えたシールドが唸った。
「シールド・クレイモア!」
ドドドォォン!
シールドの内部に積み込まれているのは、積層指向性地雷だった。さすがはマリオン先生、シールド一つを作っても攻撃機能を欠かさないというか……防御機能まるでないじゃないか。
チタン製のベアリング弾の射出範囲はそれ程広くないが、この至近距離では避けきれない。一般のISより一回り大きいエクスバインボクサーなら尚。幸いあのシールドの体積や厚さから見れば、何回も撃てるようなものじゃない。
「チッ……肩だけを注意すれば大丈夫と思っていたがな!!」
自分のエネルギーシールド表面に炸裂したベアリング弾によって減らされたシールドゲージを一瞥して、クリスは躊躇いなく前へ出てミドルキックを放った。ここは格闘戦の距離、運動性が上のボクサーで引く道理はない。
「それっ!!」
「くっ!!」
クリスのキックを、シャルロットは左腕のエネルギーシールドで防御する。ボクサーのパワーに腕が痺れつつも、ゲシュペンストMK-IIIの体勢は崩れない。流石伊達に重装甲を積んでいない。
「今度はこっちの番だよ!!」
防御の後、シャルロットは直ぐ反撃に移った。右腕のリボルビング・ブレイカーが振り上げて、エクスバインボクサーへ突き出す。
だが、その動きは既にクリスに読まれていた。一歩振り出して、クリスはボクサーの手でシャルロットの右腕を掴んだ。
リボルビング・ブレイカーの腕に装着されている固定武装。そのせいで腕を拘束されてはその威力も発揮できなくなる。それを理解しているクリスは、もう片方の手を動かして、シャルロットの左腕も掴んだ。
「これで、抵抗できない!!」
シャルロットの両手を拘束しているボクサーの腕グリップからエクスバイン本体の手を放して、クリスはM13ショットガンを呼び出して、目の前にいるシャルロットに銃口を突き付けた。
パァァン!!
トリガーを引いたのと同時に、散弾が銃口から飛び出す。ゼロ距離での射撃、拘束されたままではシャルロットは避けられない。
「くっ! こうなったら!!」
両手の武装が封印されて、クリスの銃撃をそのまま浴びたシャルロットだが、また抵抗する武器が残っている。左肩部コンテナのハッチを開いて、クリスに向ける。
肩部コンテナに内臓されている大量の積層指向性地雷を一気に撃ち出す武装、レイヤード・クレイモア。さっきのシールドクレイモアと同じタイプの武装だが、攻撃範囲、弾薬量共々シールドクレイモアを遥かに上回っている。
だが、この武器には跳弾のリスクがある。今クリスとの距離を考えると、彼には大きなダメージを与えられるが、自分まで巻き添えを喰らいかねない。
それが、シャルロットを一瞬だけ躊躇させた。
「撃たせるか! ガイスト・ナックル!!」
作品名:IS バニシングトルーパー 025 作家名:こもも