IS バニシングトルーパー 027
「別に降りたいとは思わねえよ。医療費と生活費に、才能を活かすチャンスまで貰ってんだ。降りる理由はねえ。だからお前もあまり気にするな」
自分に頭を下げているクリスを、隆聖はあっさり許した。
「そうか、ありがとう」
「しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒが言ってたフェイクというのは……」
「フェイク?」
「それについては、私が説明する」
ドリンクを置いて、千冬は椅子から立ち上がる。
「まずはそうだな……私はかつてISの教官としてドイツに一年ほど滞在していたのは、知っているな」
「……俺のせいだよね」
今まで黙っていた一夏がやや暗い表情で、口を開いた。
「俺が何者かに誘拐されたから、千冬姉はモンド・グロッソの決勝戦を棄権して俺を助けに来た。そして俺の居場所の情報を提供したドイツ軍への返礼として、ドイツに行った。そういうことだった」
「……もう過ぎたことだ。お前が気にするな」
モンド・グロッソとは、21の国と地域が参加して行われるIS対戦の世界大会のこと。総合優勝者だった織斑千冬は「ブリュンヒルデ」の称号を与えられている。一夏の誘拐事件は、千冬が二連覇できるどうかの決勝戦当日に起きた出来事だった。
「いや待て。今の話、もう少し詳しく聞かせろ」
一夏の話に、クリスは反応した。
「……誘拐の犯人は分からなかったのか?」
「えっ? あっ、ああ。結局俺を誘拐した犯人の正体は分からなかったな」
「金を要求されたか? もしくは織斑先生に棄権しろと要求されたとか」
「……確か、何もなかったな」
「興味深い話だな……」
「詮索は後にしろ。本題に戻るぞ」
「ああ、すみません。続けてください」
考え込むクリスを注意して、千冬は話を本題に戻す。
「ドイツで、私はあいつらと出会った。遺伝子操作によって誕生した子供。生まれてから兵士として育てられてきた存在」
「……兵士として大量に生産したデザインベビーってわけか。そんなのをよくブランシュタイン家が許したものだ。ゼンガー少佐が知ったらブチキレそうだな」
エルザムやゼンガーみたいな正々堂々な人間がそんな計画を許すとはとても信じ難い。しかし十数年前では、あの二人のできることも限られたものだろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒはその一員だった。かつての彼女はとても優秀で、部隊の中でもトップの成績を収めていた。しかしそれだけでは彼女を生み出した計画の目的を満たせなかった」
「と言いますと?」
一旦言葉を止め、千冬は聞いてくるクリスを見据える。
「……一定年齢まで成長した優秀の兵士の体内に特殊のナノマシンを注入して、T-LINKシステムへ適応性を培養する。つまり、人工念動力者を量産する計画だ」
「……っ!」
思わず唾液を飲み込んで、クリスの顔色は一変した。
T-LINKシステムの応用範疇は別にISだけではない。通常の機動兵器などにでも十分に搭載可能だ。もし念動力者が大量に生み出されたら、確かに脅威だ。
「……反応速度やIS適応性の向上を成功したものの、T-LINKシステムへの適応性までは出せなかった。誕生した兵士の質が高いことに変わりはないが、計画自体は失敗だった。しかしラウラはそのナノマシンの注射手術の後、体に拒絶反応が出た。そのせいで彼女は能力を制御しきれずに、欠陥品として扱われた。最高の兵士として作り出された彼女は、自分の存在意義を見失った」
「そんな、酷い……!」
「人権まる無視じゃねえか!」
「勝手に作っておいて、欠陥品扱いかよ!」
憤慨する生徒達を見て、千冬の口元が僅かに緩んだ。
自分の生徒達が正義感溢れる人間であることを、素直に嬉しいと思ったのだろう。
「だから私は彼女に言った。私について来い、強くしてやる、とな。結果として彼女は再びトップの座を手に入れた。そして私は日本に戻って、教師の職についた。しかし久々に再会できたと思えばあの調子。まったく困ったものだ」
「なるほど……しかしこれだけスキャンダルを知られたのに、ドイツ軍はなぜ織斑先生を日本に帰らせた? 有名人だから? もしくはわざと泳がせて……だとすると、レオナを編入させたのも一応説明はつく。しかしそこまで先読みしたのなら、多分……」
「何一人で納得している」
「あっ、いやこっちの話です」
顔を上げて、クリスは壁から離れて結論を出す。
「……いまの話と彼女の今までの言動を総合すると、ラウラ・ボーデヴィッヒという人間は織斑先生を強く敬愛しているため、先生のモンド・グロッソ二連覇を邪魔した一夏を許せない。そして本物の念動力者である隆聖に対して嫉妬、もしくはコンプレックスを感じている、ってことだな」
「そう考えるのが妥当だろう」
軽く頷いて、微妙そうな顔をしている千冬はクリスの考えに同意した。
自分のせいで生徒達に迷惑をかけたとか、そんなことを考えているだろう。
「随分と歪んだ敬愛だ。一夏も大変だな」
「いや、俺は別に……」
「んで、どうするんだお前ら?」
腕を組んで、クリスは男子二人に問いかける。
出身がどうあれ、敵対するなら容赦なく叩きのめす。それがクリスの考えだ。だが現時点とくに絡まれてないので、手出しするつもりもない。
「どうするって……そりゃ」
まるでクリスがおかしな質問をしたかのように、一夏は笑って手を隆聖の肩に置く。
「そんなの、決まっている!」
隣の隆聖は激昂してた。両手を拳にして、瞳に憤慨を燃やす。
「残酷な価値観に囚われて、心まで歪ませたあいつはただの被害者だ。だから、あいつの心の歪みは俺が……断ち切る!」
隆聖の目には、揺るがない強い意志が篭っていた。
「大したものだな、こいつら。善意だけで行動できるなんて」
理由がないと行動できない。敵に情け容赦など絶対にかけない。そう教育されてきたクリスには、敵対する相手を救うなどと言う発想ができない。そんな自分を嘲笑うように、クリスは口元を吊り上げた。
「クリスは十分優しいよ。僕を助けてくれたじゃない」
「……ありがとうな」
気休めでも、シャルロットの言葉は嬉しかった。彼女の頭に手を置いて、クリスは隆聖たちに話しかける。
「行動を決めたのはいいが、ラウラ・ボーデヴィッヒはかなり強そうだな。大口を叩いて、負けたらどうにもならんぞ」
「心配するな。あいつのことは必ず俺たちが何とかするよ」
胸元にぶら下げている待機状態の相棒を手に握り、隆聖は決心を口にした。
「ふんっ」
こいつらになら……まかせてみてもいいだろう。
決意を固めた生徒達に、千冬は顔に薄い笑みを浮かべた。
一夜が過ぎ、翌日の午後。
愛機のブルー・ティアーズを身に纏い、セシリアは新しい武器、オクスタン・ライフルを握ってアリーナに立った。
彼女と対峙しているのは、刺々しいフォームを持つIS・甲龍を展開している中国代表候補生、凰鈴音だった。
そして観客席で、エクセレンは携帯ゲーム機で激戦している。
「手加減するつもりないから、新武器が壊れても知らないわよ?」
「遠慮は要りません。全力を出して頂いて結構ですわよ!!」
作品名:IS バニシングトルーパー 027 作家名:こもも