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IS  バニシングトルーパー 027

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 絡んでこないなら隆聖達に任せればいいと思った。だが大事な女友達に暴力を振ったとなれば、黙っていられるほどクリスは人よしじゃない。
 
 「貴様……」
 ふらふらとした動きで、ラウラが辛うじて立ち上がる。激痛がまだ消えない腹部を押さえて、自分の前に立つ少年を睨みつける。
 「……暴力だろうと、力であることに変わりない。あの弱者ともをどうするかは、強者であるわたしの自由だ」

 「そう、その言葉は正しい。だから、これから俺はお前を破壊してやる。精一杯抵抗してみろ。覚悟は……いいな?」
 「これ以上はもうやめて、クリス!!」
 後からレオナが近づいてきて、クリスとラウラとの間に立って彼を止めようとする。
 「邪魔をするな! あいつはお前まで撃とうをしたんだぞ!!」
 「でもこれ以上は……!!」

 「ふざけるな……」
 さっきまで撃とうとしたレオナは、今では自分を庇っている。この光景に、ラウラは屈辱しか感じない。
 名家の出身、幸せな成長環境、恵まれた才能、周囲からの愛。どれは自分にないものばっかりだった。前々から気に入らなかった。
 今となっては、同情まで!!
 「……ふざけるな!!」
 レールカノンの照準を二人に合わせて、ラウラは迷わず発砲指令を機体に伝わった。低い爆発音と共に、レールカノンから大型弾頭が撃ちだされて、無防備に晒されているレオナの背部へ飛んでいく。

 「危ない!! G・テリトリー!!」
 「あっ!!」
 咄嗟にレオナを抱き寄せて、クリスは重力防御壁を発動する。間一髪のタイミングで起動した重力の壁に衝突して、滑った弾頭が宙を舞う。

 「貴様……レオナまで……!!」
 「ちょっと待って! クリス!!」
 両拳にエネルギーを集中させ、激怒したクリスはそこに粉砕の念を上乗せして、地面を蹴ってラウラへ迫る。
 「機体が完全粉砕するまで、空気を吸えると思うなよ! ガイスト・ナックル!!」

 「……っ!!!」
 クラクラする頭と激痛する体で、集中して対応することすらままならない。迫ってくる凄まじい拳圧を身に感じて、衝撃を覚悟したラウラは歯を食いしばる。
 だが衝撃が来る前に、一機のトリコロールカラーのISがラウラとクリスの間に割り込んだ。
 聞き覚えのある少年の声が響き、そのISの拳が淡く光る。

 「T-LINKナッコォ!!」
 パァァァァンッ!!
 念と念のぶつかり合いで、轟音と共に周囲の地面に亀裂が走り、吹き荒れた気流が土や塵を巻き上げ、ラウラの視界を遮る。
 やがて煙霧が晴れると、そこに現れたのは拳を合わせているエクスバインボクサーと、R-1だった。

 「もういいだろう。これ以上はよせ、クリス」
 痺れた腕を下ろして、R-1を纏っている少年が切実な表情でクリスを勧告する。

 「……鈴はあいつに殴られた。セシリアはあいつに傷つけられた。そして俺は怒っている。分かるか?」
 「分かるさ。あの二人は俺の友達でもあるんだ、何とも思わねえわけがねえ。だが頼むから、ここは引いてくれ!!」
 ラウラの暴力をここで暴力で返しても、何の解決にもならない。彼女を救うために、こんなやり方ではダメだ。
 腕を抱えたままクリスに頭を下げて、隆聖はラウラを庇った。

 「……」
 激怒したクリスが繰り出したエクスバインボクサーの一撃を、パワー面では劣っているはずのR-1で受け止めた。隆盛の決意は言葉より、拳でクリスに伝わってきた。
 観客席に居るシャルロットへ視線を向けると、彼女は凶暴化した自分に怯えているように、泣きそうな顔でこっちを見ている。
 後ろでは、一夏、箒とエクセレンが鈴とセシリアを介抱している。

 何てことだ。セシリアたちの心配ではなく、自分の怒りをぶつけることを優先してしまった。
 これは、間違っている。
 ここまで思うと、胸の奥の怒りが段々と引いて行った。
 
 「……分かった」
 握った拳を解いて、機体を待機状態へ戻す。光の粒子が完全に空気の中へ消えた後、制服姿のクリスは踵を返して、隆聖に背を向けた。
 「……すまなかった。後は任せる」
 「ああ。任せろ」
 隆盛の返事を聞いたクリスは一夏と一緒に、それぞれセシリアと鈴を抱け上げてグラウンドの出口に消えた。

 「大丈夫か?」
 クリス一行がアリーナから去ったのを見て、R-1の展開を解除した隆聖は心配そうな表情で後ろのラウラに手を差し伸べた。
 「悪かったな。あいつ普段はそんな乱暴なやつじゃないけどさ……」

 「……何故私を庇った」
 「えっ?」
 隆聖が差し伸べた手を警戒の視線で見つめながら、ISの展開を解除したラウラは壁に手をついて立ち上がる。
 「同情ならいらん!! 私は……くっ!」
 「おっと」
 ふらふらとした足取りで歩き出そうとして、体中に痛みが走り一瞬転びそうになったラウラを、隆聖は一歩近づいて抱きとめた。

 「離せ! 貴様などに……!!」
 「お前、いつまでそうやって意地を張るつもりだ」
 暴れるラウラを押さえて、隆聖は真剣な声で彼女に問いかける。
 腕の中にいる彼女の体は、こんな小さい。その細い手足でいままで兵士として一人で頑張ってきたとは、未だに信じ難い。
 
 「……何っ?」
 「そうやって周囲を全部敵だと思い込んで生きるのは、辛くねえのかよ」

 目を上げて、ラウラは自分を抱きとめている少年の顔を見つめる。
 本気で自分のことを心配している眼差しだった。
一瞬目が合った後すぐ顔を逸らして、頬に密着しているその広くてやや硬いな胸から伝わってきた温もりのせいか、不本意にも僅かな安心感が湧いて来て、体から力が抜けて行く。
 「……私は15年も戦いの中で生きてきた。貴様のような生温い環境で育ったやつには分かるまい」
 「でも今は違う」
 「その考え自体が甘い。常に危機感を持っていないと、すぐに淘汰される。適者生存、それが自然界の真理だ」
 「だが俺たちは動物じゃねえ、人間だ。人間は一人で生きているわけじゃねえ、仲間と助け合って生きているんだ」

 「戯言を。仲間など、教官以外は誰も私に……!」
 隆聖の言葉で昨日千冬に言われたことを思い出したのか、隆聖から離れたラウラは辛そうな顔持ちで彼を睨みつける。
 しかしラウラの睨みを受け止めた隆聖は真っ直ぐに彼女を見返して、力強い言葉を言い放った。

 「なら、俺がお前の最初の仲間になってやる」

 「……えっ」
 「俺がお前の仲間になってやる。お前が嬉しい時に一緒に笑ってやる。お前が辛いときに側に居てやる。そしてお前がピンチのときに、必ず助けてやる。嘘じゃない。俺が約束を破ったら、ぶん殴られても文句は言わない。だから……意地を張るのはもうやめろ」

 「……」
 夕日の光を受けて、オレンジ色に染まった少年の顔を、銀髪の少女は静かに凝視する。
 今まで自分の周囲にいたは、同じ兵士として作り出された存在。互いは競争し合って生きてきた、決して仲間などという生ぬるい言葉で形容できる関係ではない。
 だが今目の前で誠実な顔をしているこの少年の言葉は、不思議とラウラの心に響いた。
 信じていた教官に突き放された。こいつの言葉は信じていいものだろうか。