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IS  バニシングトルーパー 030-031

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stage-31 学年別トーナメント 後篇




 
 「こんな……こんな所で無様に負けてしまうのか、私は……」
 ブーストハンマーの命中による衝撃で体全身に激痛が走り、意識が朦朧としていく中、ラウラは自分の無力を嘆く。
 「完璧な兵士であるはずの私が……!?」

 遺伝子操作によって作られ、鋼鉄の子宮から生れ落ちた命として、ラウラの運命はこの世に誕生した瞬間に決められた。
 人工念動力者になるために、自分を最高の素材、兵器として完成することだった。
 運命が残酷などと嘆くようなことはしない。考えたこともない。
 ただひたすら戦い、自分が他のやつらより優秀だということを証明できれば、明日も淘汰されずに済む。
 だが結局、ラウラは素材としては極上であっても、完成品としては失敗作だった。
 彼女のせいではない。そもそも技術自体は不完全だった。
 しかしそんな個人事情、誰も興味はない。強さで価値を決めるルールだの前に、欠陥品呼ばわりされても、文句の言いようがなかった。
 そんなラウラにとって、再びトップの座へ舞い戻ったチャンスをくれた千冬は唯一の味方であり、憧れだった。
 千冬は強くて優しくて、凛としていていつも自信満々な笑みを浮かべている。ずっと側に居て欲しかった。ずっと手を引いていて欲しかった。
 なのに、なぜ行ってしまったんだ。なぜ一緒にドイツへ戻ってくれない。
 こっちに本物の念動力者が居るから? 本物の方が教え甲斐があるから?
 長年努力してきた自分と比べて、向こうはISに乗ってから半年も経っていない。それなのにあっさり負けてしまった。
 それが素質の差というものか?
 しかも仲間になってくれるなどと、余裕のつもりか!
 体はどうなってもいい。ただもう欠陥品呼ばわりされるのだけは、死んでもごめんだ!

 (力が……欲しい) 
 淀んでいく意識の深層で、ラウラは強く願う。
 嫌なものものをすべて捻じ伏せられる、絶対的な力が欲しい。
 誰にも屈しないあの人のような強さが、欲しい!!

 (私に力を、寄越せ!!!)

 Valkyrie Trace System、boot up



 「何なんだよそのザマは! 答えろ!! ラウラ・ボーデヴィッヒ!!」

 目の前に立つ不気味な形をしている異型に向かって、隆聖は怒鳴る。
 人の形をしていても、その姿はまるで泥人形。ラウラの全身を飲み込んだ泥色の装甲が筋肉のように柔軟に動き、敵は赤いセンサーで隆聖と一夏を捉えてゆっくりと近づいてくる。
 そしてその手に握っている一振りの剣に、一夏は見覚えがあった。
 かつて千冬が使っていた剣、雪片と同じ形をしていた。

 「ふざけた真似しやがって……許さんぞ」
 雪片弐型を構えて、一夏は応戦しようとする。かつての姉の姿があんな風に乱用されているの見た瞬間、彼は既に静かにキレていた。


 「人工念動力者量産計画にVTシステム。まったく碌なことしないな、お前んとこは。国際信用に響くぞ」
 騒ぎ立て始めた待機室のモニターでグラウンド内の光景を見たクリスは、まるでこれは予想範囲内のような態度でレオナへ話しかけた。

 「……ブランシュタイン家の意志ではないわ」
 クリスの皮肉めいた言葉に、レオナは淡々と返事をした。
 今回の転入でエルザム少佐からの与えられた指示はラウラの監視、及び今の事態になった場合の処理だった。まさかこんなにも早く発生するとは思わなかったが。

 「しかしなるほど。この一件であの少佐殿の部隊も責任を問われた後行動権限を剥奪され、ブランシュタイン家のコントロール下に入るわけか。ご苦労なことだ。織斑先生をあっさり日本に帰らせたのも、VTシステム搭載の機体だと知りながら推薦を許可したのも、さらに情報をうちにリークしたのも、全ては計算のうちか?」
 「うるさいわね、知らないわよそんなの。手伝ってくれないなら私一人で行くわ」
 「待て待て、行くって。さすがお前を一人で行かせるほど薄情じゃない」
 グラウンドへ向かおうとするレオナの手を掴んで彼女を引き止めて、クリスは通信チャンネルを開いて隆聖達に呼びかけた。
 
 「二人とも、撤退だ。あとは俺とレオナが引き受ける」
 「撤退?」
 「ああ。あれは存在してはならないシステムだ。ここからはもはや試合などではない。さっさと避難しろ」
 「「断る!」」
 「……はっ?」
 同時に返ってきた二人の予想外の返事に、クリスは自分の耳を疑う。

 「千冬姉の偽者なんて、千冬姉が許しても俺は許さない。勝ち負けなんてどうでもいい。あいつだけは絶対に壊してやる!!」
 「ラウラのやつがあそこまでしても前へ進みたくねえなら、俺が目を覚まさせてやらなえとダメだ。そういう約束だからな!」
 男二人の力強い言葉は一片の迷いもなく、決心と闘志だけに満ちている。

 「お前らな……」
 同じ男として、彼らの覚悟を無下にするほどクリスは無粋じゃない。
 一瞬の沈黙の後、クリスは再び口を開いた。

 「なら60秒だ」
 「えっ?」
 「60秒内であれを倒して見せろ。それまで待つ。ここであんな物なんぞお呼びじゃないことを証明しなければ、また誰かがあれに興味を持つ。それを防ぐためにも見せしめが必要だ。ただ倒せばいいってもんじゃないぞ」

 「60秒か……」
 そう呟いて、隆聖はわずかに考え込んだ。

 「できないなら下がれ。俺とレオナなら15秒であれを完全破壊してみせる」
 「いや、60秒で十分だ。そこで見ていろ!」
 「ふん、ならお手並み拝見させてもらうぞ」
 隆聖たちとの会話を終えた後、クリスは通信を切ってレオナと向き合う。

 「という訳だ、60秒だけ、あの二人に任せてくれないか?」
 「冗談じゃないわ。あれは私の仕事なの。素人たちに任せられないわよ」 
 ドイツ軍の問題はドイツ軍人の手でカタをつける。それを他人に任せてはエルザム少佐の指示に反する。

 「そんなこと言わずに頼むよ。なっ?」
 「ちょ、顔が近いわよ!」
 「埋め合わせはするからさ」
 わざとゆっくりと顔を近づけて、クリスはレオナの蒼い瞳を見つめて小さくて甘い声で頼み込む。
 
 「わ、わかったわよ。60秒間だけ待つわ」
 「ありがとうな」
 「べ、別に礼を言われるほどのことじゃないわよ」
 髪の毛を指で弄りながら、冷静を装おうとレオナは僅かに赤く染まった顔を逸らした。

 「ところで」
 ずっとクリスの横で黙っていたシャルロットは、二人の会話に割り込んだ。
 「うん? どうしたんだシャルル」
 「……お二人、何時まで手を繋いでいるのかな?」
 爽やかに微笑んでいるシャルロットの可愛らしい笑顔は、どこか怖かった。


 一方グラウンドの中、一夏と隆聖はそれぞれの全力を出し切って巨大な異型と激突を繰り返していた。
 時間は60秒間だけ。一か八かの大勝負、力を温存する必要などない。
 クリスの言うとおり。ここであの泥人形をさっさと倒さないと、まだあの力に興味を持つ人間が出てくる。
 そんなこと、あってたまるか!!

 「おりゃあああ!!」