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IS  バニシングトルーパー 030-031

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 「私が……望んだから?」
 シーツを握り締めて、ラウラは段々と数時間前のことを思い出す。
 一夏と隆聖に倒され、力を望んで異型と化し、そしてもう一度倒されてしまった。

 「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
 「は、はいっ!」
 千冬にいきなり真剣そうな声で名を呼ばれて、ラウラは慌てて返事する。
 「お前は誰だ?」
 「わ、私は・・・・・。私・・・・は・・・・・」
 千冬の質問に、ラウラは答える事が出来なかった。
 結局、どんなに望んでも自分は何ものにもなれなかった。千冬も、本物の念動力者も、最強の兵士にも。

 『お前は兵器じゃなくて人間だ! 女の子なんだぞ!!』
 ふっと、あの少年の言葉がうすぼんやりと頭に過ぎって、一瞬鼓動が高鳴った気がして、顔も僅かに熱くなる。兵器として扱われてきたラウラは、自分が年頃の女の子だということを初めてはっきりと自覚した瞬間だった。

 「誰でもないなら、これからラウラ・ボーデヴィッヒになれ。時間は山ほどあるんだ、たっぷり悩むといいぞ。小娘」
 パイプ椅子から腰を上げて、千冬は踵を返して、

 「明日から通常授業だ。遅刻するなよ」
 とだけ言い残して、保健室を後にした。


 「ハードボイルドですね。織斑先生は」
 保健室から出た途端に話しかけられて、横へ目を向けると廊下の窓際に寄り掛かっているクリスが千冬の視界に飛び込んだ。

 「立ち聞きとは感心せんな。クレマン」
 「先生に情報をリークした身としては、少々気になりましてね」
 クリスを一瞥した後千冬は振り返って教員室へ歩き出し、クリスも彼女の後について歩く。

 「ところで先生、特殊戦技教導隊の誘いを断ったというのは本当ですか?」  
 「……なぜ知っている。まだ発表前のはずだが」
 「うちは一応技術支援やってますからね。しかし勿体ないじゃないですか。名義上の参加だけでいいって話でしょう? あっちの給料を貰いながら先生の仕事も続けていいですよ?」
 「目立つことはもうしたくない。それだけだ」
 「それは残念です。あと俺、来週辺りに三日ほど学校を休みたいです」
 「休み? 理由は?」
 「ちょっと仕事の都合で、アメリカまで行ってきます」
 「アメリカ?……まさか」
 クリスの話を聞いた千冬はその場に立ち止まり、踵を返して鋭い視線でクリスを見据えた。

 「はい。例の披露目でちょっとした手伝いです。お土産は何がいいですか?」
 「……コーヒー豆で」
 クリスを見て一瞬だけ何かを言いたげな顔をなったが、結局は何も言い出せなかった。

 「分かりました。上質なやつを買ってきますよ」
 相変わらず平穏な口調で、クリスは微笑んで返事をした。



 「ラウラ・ボーデヴィッヒになれ、か……相変わらず厳しいな」
 窓の外のオレンジ色に染まった学園の風景を眺めながら、ラウラはベッドの上で独り言のように呟いた。
 自分の意思でこれからの生き方を決めることは、兵士としての技能以外は何も知らないラウラにとっては難しい問題だった。
 力を求める以外に、どんな道があるのだろう。
 そう言えばあの男、伊達隆聖はどんな生き方をしているのだろう。

 突然に、保健室のドアが開けられた音がして、誰かが保健室に入ってきた。

 「あっ、もう目が覚めたのか」
 噂をすれば影。目を向けると視界に入ってきたのは丁度今考えている少年の姿だった。

 「伊達、隆聖……」 
 「いや、そろそろ晩飯の時間だし、お前のメシはどうするんだって思ってさ。おにぎりとおお茶を買ってきたけど、食べるか?」
 ビニル袋を掲げて、隆聖はラウラのベッドへ近づいて椅子に腰をかけた。その平然とした表情は、まるで数時間前のことを完全に気にしてないような表情だった。

 「どうした? 俺の顔に何かついているのか?」
 不思議そうに見つめてくるラウラの双瞳を見て、隆聖は自分の顔を触りながら問いかけた。

 「なぜ、私に優しくする? 私は貴様に酷い事を言ったはずだ」
 「理由なんて別にどうでもいいじゃんか。人を優しくするのに理由なんて要らねえよ」
 「そうなのか?」
 「そうなんだよ。うちのお袋の言葉だ、間違いねえ」
 「母親か……」
 デザインベビーとして生まれたラウラにとって家族は遠い存在だったが、自慢げに語る隆聖の表情を見て、好奇と共に、心の奥底に今まで体験したことのない感情が湧いてきた。

 「伊達の家族は……どんな感じ?」
 「なんだよ、藪から棒に」
 「伊達のことを……もっと知りたい。教えてくれ、頼む」
 「うちは極普通な家だよ。まあお袋は体が弱くてまともに働けないから、俺が頑張ってバイトしないと色々とやっていけなくて、結構貧乏だけどさ」
 「父親は……?」
 「親父は死んだよ。俺がまだ小学生だった頃にさ」
 「あっ、す、すまない」
 申し訳なさそうな表情して、ラウラは隆聖に謝った。

 「気にするなよ、もう昔のことだし。俺の親父は警察だったんでね、事件調査で凶悪犯人を追っているとき、人質に取られた子供を助けるために撃たれて、あの場で死んだよ」
 「悲しかった……か?」
 「そりゃ悲しかったさ。正直、俺はあの頃親父との関係はあまりよくなかった。お袋がいつも病気で辛そうにしているのにさ、親父は仕事であまり家に帰ってこなかったし、家事とか料理とかいつも俺に押し付けてた。でも本当はわかっていたんだ。親父が毎日一所懸命に働いていなかったら、俺とお袋もやって行けなかったんだろう」
 「そうか……」
 「だから親父が庇ったあの子供を、俺は恨んだ。てめえのせいでうちは滅茶苦茶だってね。本当は向こうも被害者だって分かってるのに。でもお袋は俺に言った。親父が子供を守ったのは仕事や責任じゃなくて生き方、それも含めての親父だってな」
 「生き方……?」
 「ああ、生き方だ。だから俺も親父のようなちゃんとした人間になって、家族や大事な人を守りたい。まあ、今はまだ楠葉達に助けられっぱなしだけどね」
 「ちゃんとした人間、か……」
 反芻するように呟いて、ラウラはゆっくりと目を瞑って押し黙った。

 「おっと、もうこんな時間か」
 窓の外がすっかり暗くなっていることに気付き、隆聖は携帯を出して時間を確認した後立ち上がった。
 「そろそろ学食に行かねえとな。おにぎりとお茶はここに置いとくから、腹が減ったら喰えよ」
 「ああ、分かった。……ありがとうな、伊達」
 「隆聖っていいよ。じゃな」
 おにぎりとお茶を入れたビニル袋をラウラの枕元に置いて、隆聖は踵を返して出口へ向かった。彼の姿がドアの向こうに消え、廊下から足音が聞こえなくなった後、ラウラは携帯を出して耳に当てた。

 「私だ、クラリッサ。相談がある。家族ってその……どうやったらなれるんだ?」



 すっかり暗くなって空の下に、IS学園の学食から生徒達の賑やかな談笑声が聞こえてくる。
 その中に、クリス達もいつものメンバーにレオナも加えて、テーブルを囲んで簡単な打ち上げ会を開いていた。

 「結局トーナメントは中止になったな。少し残念だ」
 「そうですわね。あのまま行けばクリスさんの優勝で間違いありませんのに」