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IS  バニシングトルーパー 032-033

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 馬鹿なことをする一夏をシカトした猫は彼を見限って、箒と鈴に懐いてきた。

 「犬じゃないんだから、行くわけないだろう」
 「というかアンタ、そのネーミングセンスってどうなのよ」
 「もういい。今日から俺は犬派だ!」
 そして猫とじゃれ合って数分後、三人はベンチに戻った。

 「どうしたんだ一夏。さっさと食べてみろ」
 「いつまであたしに持たせてるのよ!」
 危機、再び。

 「あっ、ああ……」
 覚悟を決めて震えている指で箸を取り、一夏は弁当を観察しながら考慮する。
 箒の方は至って普通の弁当。生姜焼きに卵焼き、そしてキャベツとトマトが綺麗に詰みこまれている。
 一方、鈴の方は相変わらず酢豚。まあ、好きだから別にいいけど。
 しかしこの空気をどうすればいい。誰か、誰かが助けてくれ……!

 ――♪
 突然に一夏の携帯がなり始めた。

 「あっ、ごめん! 電話だ!」
 これを機に一夏は逃げるようにベンチから立ち上がって、携帯を耳に当てて二人から離れた。
 「二人は先に食べててくれ」
 誰だかは知らないが、感謝するぜ!

 「もしもし?」
 「おい一夏、お前今どこにいる?」
 「弾?」 
 電話の向こうから聞こえたのは、親友の声だった。

 「今映画館近くの川辺に居るけど。何か用?」
 「そこか……暇か?」
 「暇かつったらそりゃ暇だけど……」
 「一人?」
 「いや、鈴と箒が一緒にいる」
 「またハーレムやってんのか……」
 「またって何だよ、ハーレムって何だよ」
 「一夏てめえ、ハーレムやってる時間があったら俺達に手伝え。キャッチャーがいないんだよ!」

 「……はっ?」
 親友の言葉の意味を理解できずに、一夏は首を傾げた。


 *


 「すまねえな、楠葉。いつもいつもお袋の面倒を押し付けて」
 洗面台の前に立って花瓶の水を替えながら、隆聖は隣でコップを洗っている楠葉に話しかけた。
 「ううん。気にしないで。でも意外だったな」
 頭を横に振って、楠葉はいつも通りに微笑んで返事をした。

 「何が?」
 「隆聖君が女の子のお嫁さんになるの」
 「いやだから、あれはラウラが日本文化を誤解してるだけだって」
 「私を置いて一人だけ先にお嫁さんになっちゃったね」
 まるで同性の友達が先に結婚したと聞いたOLみたいな表情で、楠葉は遠い目になる。

 「おい、俺の話聞いてんのか?」
 「でもIS学園か……楽しそうだね。私もあそこに進学すればよかった」
 小さなため息をついて、楠葉は羨ましげな目で隆聖を見ながら蛇口を捻って水を止め、タオルで手を拭いた。

 「楠葉が? 無理だろう」
 「どうして?」
 「ISに乗るってことは戦うってことだぜ? お前には向いてないって。大体お前は看護婦を目指してんだろう?」
 「そうだったね」
 楠葉がそう返事した後、二人は黙り込んだ。

 ふたりは生まれてから一緒に育ち、成長してきた。
 互いの好物を知って、習慣を知って、夢も知っている。しかしだからこそ互いに助け合うのが当たり前だと考え、限りなく家族に近い存在であっても特に異性として意識したことはない。
 それが二人にとって、一番自然な関係だろう。

 一方、病室の中では雪子とラウラ二人きりだった。
 必死な表情をして、戦闘用コンバットナイフを握って林檎の皮をガチガチな動きで剥いているラウラを、ベッドの上にいる雪子は相変わらず笑顔のまま眺めている。

 「か、完成しました。マダム」
 しばらくして、小さな塊に切った林檎を皿に載せて、ラウラはまるで激しい戦闘の後のように荒い呼吸して雪子へ差し出す。
 肩に力を入れすぎて、無駄に体力を消耗してしまった。

 「ありがとうね、ラウラちゃん」
 ラウラに礼を言って、爪楊枝で一つを刺して口に入れた後、雪子は不安そうに自分を見ているラウラに微笑みかけた。

 「うん、凄く美味しいわ。ラウラちゃんも食べて」
 「き、恐縮です」
 一番高いやつを買ってきて正解だったと、心の中でガッツポーズをするラウラだった。

 「ラウラちゃんはドイツから一人で日本に来たのよね。こっちの生活には慣れてる?」
 「はい。特に不便は感じません」
 「そう……ならいいわ」
 「あっ」
 突然に頭の上から感じた温もりに、ラウラは小さな驚き声を出した。
 ラウラの頭に、雪子は自分の手を乗せた。
 
 「ラウラちゃんの髪は綺麗だな」
 髪の中に入り込んだ手は優しく髪を梳いてゆっくりとラウラの頭を撫で、雪子はわが子を愛しむ様な視線でラウラを見つめる。

 「こここ、光栄です……」
 どもったような声で、ラウラは返事を返した。
 こんな風に頭を撫でられるのは、ラウラにとってこれが初めての経験だった。
 優しくて暖かい手のひらの感触で、心まで癒されていくようだ。
 母親となった女性の持つ温もりだというものに、ウラウは深く感動した。

 「しかし意外だったな……あの子、全然女の子にモテないから。てっきりあのまま楠葉ちゃんと結婚するのかと思っていたわ」
 「それでは困ります!!」
 雪子の意外な言葉に、ラウラは焦ったように大声だしてそう返事した。彼女の反応に一瞬手を止めた後、雪子は笑顔に戻ってラウラを撫でるのを再開した。

 「ラウラちゃんは……リュウのことが好き?」
 「……はい」
 「どうして?」
 「彼は強くて優しくて、私のことを救ってくれましたからです。だから私は彼と、そしてあなたと家族になって、共に支えあっていきたいのです」
 「あらら、いい子ねラウラちゃんは」
 一瞬驚いたような表情を見せたあと、雪子は嬉しそうに笑って、ラウラの肩に手を置いた。
 純粋な子だとは感じていたが、まさかここまで一途とは予想以上だった。

 「そうね。リュウはこんな家でも真っ直ぐに育ててくれた、私の自慢の息子だわ。まだ頼りないかもしれないけど、よろしくお願いするわね、ラウラちゃん」
 「では、結婚を認めていただけるのですか?」
 「それはリュウの意志によるわね。ラウラちゃんがいい子なのは分かったけど、リュウがラウラちゃんのことをどう思っているまでは分からないわよ?」
 意地悪な表情で、雪子は楽しそうに笑った。
 「頑張りなさい。応援するわよ」

 「はっ! 必ずや標的を仕留めて、伊達の苗字を手に入れて見せます!」
 小気味のよい音を立てて椅子から勢いよく立ち上がり、ラウラはピシッともう一度雪子に敬礼をした。

 *
 一時間後。

 「では、作戦会議を始めるぞ」
 隆聖、ラウラ、楠葉、一夏、箒、鈴、シャル。制服の上着を休憩場のベンチに脱ぎ捨てて、クリスはお馴染みのメンバー達と向き合ってそう言った。
 今この午後の時間帯に、分かれて行動したはずの友人達はIS学園からそう遠くない川辺の近くに設置されている野球場の休憩場に集まっている。

 「あのさ、俺としてはまず状況を説明して欲しいんだけど。病院からの帰りにここまで呼び出されて、いきなり野球ってどういうことだよ」
 「俺もだ。弾に呼ばれて来て見たけど、全然説明してくれない」
 手を上げて、隆聖と一夏は困惑した表情でクリスに質問した。