IS バニシングトルーパー 032-033
結局ジャーダさんが発表したポジション配置では、一番キャッチャージャーダ、四番ピッチャー桜花、五番ファースト隆聖、六番サードラウラ、八番ライトクリス、それ以外は商店街の人達といった具合になった。
元々無経験者でルールも碌に知らないから、基礎体力とスピードのいるポジションに配置されたのは妥当だろうと納得したクリスは、桜花がピッチャーであることに驚く。
「へえ~凪沙さんがピッチャーですか。経験あるんですか?」
「あら、こう見えてもソフト部元レギュラーよ? 今は引退しましたけれど」
ボールを指で挟んで、桜花はどことなく上品に見える投球のポーズを取ってクリスに見せて微笑んだ。
「ねえ、私は出なくていいの?」
ポジションを振り分けられなかったシャルは疑問を口にしたが、それを聞いたクリスは彼女の頭に手を乗せて、自分の携帯と財布を渡した。
「大人しく座っていろ。お前の生足に傷ができたら堪ったもんじゃないからな」
「もう~エッチ!!」
「じゃ、行ってくるから、応援していてくれ。あと、楠葉が用意したドリンクは絶対に飲むな。喉が乾いたら必ず自動販売機に頼れよ?」
シャルに大事の忠告を残して、クリスは球場の中央へ走っていった。
「えっ?」
クリスに言われて、シャルは楠葉が抱えている水筒を好奇な視線で眺めながら首を傾げた。彼女の視線に気付いた楠葉は微笑み返して、水筒の蓋を開けてシャルに見せた。
「飲みます?」
*
一方、球場の中では既にクリス達のチームの先攻を決まった。一番キャッチャーのジャーダはヘルメットを被って打席に立って、バットを握り締める。
敵チーム配置の中、知っている面子は一番ファーストの箒、二番ピッチャーの美菜、三番キャッチャーの弾、四番ショートの鈴、八番サードの一夏。そして観客席には、応援役の蘭が座っている。
「プレイボール!!」
球審から出た試合開始の掛け声で、球場の空気が一気に引き締ったものとなり、ピッチャーの美菜が一礼して動き出す。
青い袴を着た左足を上げて両手を頭の上にあわせてセットした後、真剣な顔をしている美菜は左足を前へ踏み出して腕を大きく振りかぶった。
あれはソフトボールのウインドミル投法ではなく、上手投げだった。
ズドンッ!!!
「ストライクッ!!」
あの細い腕によるオーバースローから放たれた直球は閃光と化し、弾のミットの中に納まった。そのあまりにも想像を超えたスピードに驚き、ジャーダはバットを振ることすら忘れた。
「凄いな、あの美菜って子」
休憩場で出番を待っているクリスは美菜の投球に感心しながら、自分の膝に頭を乗せて体が震えているシャルの背中を優しく撫でる。
「まったく、警告したのに。気絶しなかっただけマシだと思えよ」
「……ごめん。油断した」
「ストラックツー!!」
美菜が振りかぶった腕から放った第二球は、スプリットだった。高速に下方へ落ちたボールに対して、ジャーダはバットを振っても当らなかった。
そしてボールを素早く受け取り、スムーズに体を動かして第三球の投げた。
「よしっ、リズムは掴んだ!!」
二球だけ見て、そのスピードに目が慣れてきたと判断したジャーダは全力でバットを振ったが……
ズドンッ!!!
「トーライッ! バッターアウトォ!」
ボールがジャーダのバットと衝突する直前の位置で急に軌道を換え横へ滑って、弾のミットに入った。
「おっ! ノー!!」
まったく掠りもしなかった自分のバッティングに、ジャーダは天を仰いだ
三球は種類がまったく違うものだったし、球速もかなりはやい。北村美菜、やはり外見や服装のイメージ通り、運動得意のようだ。
「残念でしたね、ジャーダさん」
「うるせい。あの美菜って子が異常なんだよ」
休憩場に戻ったジャーダをクリスの隣に腰をかけ、いかにも悔しげな顔になった。
まさか成人男性である自分が、女子中学生相手に一球も当てないとは思わなかっただろう。
「でも普通の女子中学生なら、ああいう投球は長く持たないはずだ。それまで桜花が押さえてくれる」
「そうですか? 凪沙さんの実力は分かりませんが、向こうのショートをやってるあの小型ツインテール、小学生に見えても実はこういうの結構得意……あっ」
遠い所にいるから聞こえないと思ったが、グラウンドにいる鈴に睨まれた。
とんだ地獄耳だったようだ。
「うちの桜花を甘く見るな。それよりあれだ!」
「はい?」
首を絞めてきた太くて筋肉質な腕に顔が引き攣りつつも、クリスはジャーダに聞き返した。
「てめえ、うちの桜花とどういう関係だ?」
ぴくっと、シャルは一瞬反応を示した。
「どうって、今は普通の友人だと思いますが?」
「おい今はってなんだよ! うちの桜花が男を家に連れて来るなんて初めてだぞ! てめえ、さっさと吐いた方が……」
「いやいや、冗談ですから! 彼女いるんですよ俺! ほら!」
まだ自分の膝に頭を乗せて悶えているシャルを指して、クリスは弁解する。そしてシャルとクリスを交互してみた後、ジャーダは一旦腕の力を緩めた。
「ふんっ、とりあえず信じてやるよ。……悪かったな」
「いや、別に気にしてませんよ。でもジャーダさんって、凪沙さんの本当の父親みたいですね」
「本当の父親のつもりさ。桜花もラトゥーニも、もう俺達夫婦の子供だ。正直男を連れてきたと聞いた時、殴ってやろうと思ったよ」
少し離れた所に座って、ラウラたちと話している桜花に視線を向けて、ジャーダをそう言った。
「親馬鹿ですね」
「うるせぇよ。ああそうだ、お前に頼みたいことがある」
「何の話ですか?」
「桜花は俺達に遠慮して進学を諦めるつもりだ。だが俺達はそれを望んでいない。だからお前からも桜花に言ってやれ、変な遠慮をするなって」
「自分で言ってくださいよ」
「言っても聞いてはくれないさ。さあ、攻守交替だ。行くぞ」
ジャーダとやりとりしているうちに、美菜の健闘により四番桜花の出番がないまま攻守交替になった。渡された右手用のグローブをつけて、クリスはジャーダたちと一緒にグラウンドに出て任された右外野に立ち、内野の様子に注目を向ける。
打席に立っているのは一番ファーストの箒。やや強張った表情で、彼女はバットを構えた。
そして彼女の視線の先にいるジャージ姿の桜花はプレートに立って、自信あふれる笑顔のまま投球フォームを決め、その華奢な腕を振ってボールを投げた。
ズドンッ!!!
「ストライクッ!!」
先ずは一球目、高速なストレートに箒はバットを振らなかった。
美菜も美菜だが、桜花も桜花だ。華奢な体のどこからそんなパワーが出ているのか、端から謎である。
そしてジャーダが投げ返したボールを受け取り、桜花は第二球を投げた。
外角へ曲がったスライダーだった。それに対して箒はバットを振ったが、空振りだった。
「ストライクツー!!」
残り一球、箒はバットを握っている手に力を篭めて、再び動き出した桜花の動きに注目する。
縦に落ちる、フォークだった。
その時に、箒は体をねじって迷わずにバットを振った。
作品名:IS バニシングトルーパー 032-033 作家名:こもも