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IS  バニシングトルーパー 034-035

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 焼き上がった肉を皿に移しながら考えた後、彼は口を開いた。

 「その考え方、勝手ですよ」
 「えっ? どうして?」
 「例えば、もし将来ラトゥーニちゃんが進学したいのに家の都合で諦めたら、どうしますか?」
 「それは私が何とかします。あの子は自分の意志で未来を選ぶべきです」
 「凪沙さん今の気持ち、ジャーダさんとガーネットさんにはないと思いますか?」
 もちろん、ないわけがない。でなければ、初対面のクリスまでそんなことを頼んでくるはずもない。 
 「そんなこと……」
 「この家の状況はよく分かりません。でも家族なら、せめて相談して決めるべきなんじゃないですか? 凪沙さんに不本意なことをさせてしまったら、ジャーダさん達はきっと自分を責めてしまいますよ?」
 別に大学に行けとは言わない。しかし、せめてジャーダたちと桜花の両方が納得できる選択をして欲しい。でなければ、きっとどちらも後悔してしまう。

 「ジャーダさんが大丈夫って言うなら、信じてあげるのが家族ですよ。それに、俺も凪沙さんの力になりますから」
 「クリスさんが……ですか?」
 「そうですよ。さすがに知り合いが困っているのに黙って見過ごす程、薄情な人間ではありませんから」
 対象は守備範囲内の女性に限らせてもらうが。

 「クリスさん……」
 クリスの言葉を聞いて、桜花は彼の目を見つめたまま黙り込んだ。
 明日の見えない施設生活から、ジャーダとガーネットは引き取ってくれたのはただの数年前だった。ラトゥーニにはまだ小学生だが、あの時の桜花は既に中学生だった。
 関係のない赤の他人を二人も自分達の家に受け入れて世話をする覚悟は、そう簡単にできるものではない。それでも、二人は家族愛を注いでくれた。
 そんな二人のことを理由に将来を決めたら、二人はきっと一生自分のことを責めてしまうだろう。
 そうなっては、欲しくない。
 ここまで考えると、目の前にいる少年の言葉に反論することなんて、もうできない。

 「……分かりました。ジャーダさん達と相談してみます」
 薄い笑みを浮かべながら、桜花はそう返事した後クリスの隣に立っているシャルにちょっと複雑な視線を向けた。

 「な、何ですか?」
 「あなたのことが、ちょっと羨ましい」
 「えっ!?」
 まったく予想外で危険な匂いが漂う発言に、シャルは思わず目を丸くした。 

 「よっ、クリスお前まだ食ってねえだろう。俺が換わってやるよ」
 なぜか凄く疲れたような顔で、隆盛はクリス達に近づいてきて、バーベキュートングを引き受けた。   
 後ろのラウラは獲物を仕留めたライオンのように、誇らしげにその控えめな胸を張っていた。

 「サンキュー。じゃ、任せたぞ」
 グリルから解放され、クリスは焼きたての肉や野菜を適当に皿に盛り付けた後、まだ庭の隅で凹んでいるミス・淑女道の元へ向かった。
 近くまで寄ると、ミス・淑女道が独り言のようにぶつぶつと呟いている愚痴が耳に入ってくる。

 「もういいです。どうせわたくしはちょろくて色気担当しか能のない女です。どうせかませキャラでメインヒロイン(笑)です。どうせアクションフュギュアを出してもらっても顔が全然似てないくせに値段が高くて皆誰も買ってくれないんです。どうせ……」
 かなりの重症のようだ。わけの分からないことまで呟いている。

 「セシリア」
 ミス・淑女道を背後から近づいて、クリスはクラスメイトの名を呼んだ。クリスの呼び声に反応して、ミス・淑女道は振り返って捨て彼を見上げる。

 「クリスさん……ふんっ!」
 「あっ、あれ?」
 「今の私はミス・淑女道であって、セシリアではありませんわ」
 一瞬嬉しそうに見えたのに、すぐ鼻を鳴らして顔を背けた。
 完全に拗ねている。しかしこれしきのこと、クリスにとってはまだ予想内の範疇。ミス・淑女道の隣でしゃがんで、クリスは皿を彼女の前に差し出した。

 「じゃミス・淑女道さん、これを食べろよ。腹が減っているだろう?」
 「今更そんなもので……あっ」
 ミス・淑女道の言葉を遮るように、その美味しそうな匂いに彼女の腹の虫が鳴く音だった。
 
 「ふ、ふん! そこまで仰るのなら、食べて差し上げても宜しくてよ」
 「はいはい。どうかお召し上がりください」
 クリスから皿を受け取って、ミス・淑女道は肉と野菜を行儀よく平らげていく。

 「なっ、セシリアはまだ俺のことを怒ってる?」
 ばくばくと頬張ってるミス・淑女道を暖かい目で見守りながら、クリスは彼女に話しかけた。

 「と、当然です。わたくしに黙って恋人なんて……ひどすぎますわ。あとわたくしはセシリアではありません」
 「そうだな。シャルの都合を言い訳にした所で、俺がセシリアを騙したのは事実だ。弁解の余地はない」
 「まったくその通りですわ。あとわたくしはセシリアではありません」
 「好きになったものは仕方ないよ。でもそれでセシリアが俺の側から居なくなるのは、寂しすぎる。あとしつこいなお前、写真を新聞部に送るぞ」
 「寂しい……?」
 フォークの動きを止めて、ミス・淑女道は顔をクリスに向けてきた。

 「ああ。セシリアは俺にとってただの友達以上の、特別な友達なんだ。嫌われたら寂しいに決まってるさ」
 「そ、そんなことを言われましても……」 
 「まあ俺のわがままかもしれないけど、これからも仲良くしてくれると助かる」
 そう言って、クリスは自分の手をミス・淑女道の頭の上に乗せた。

 「あっ……」
 頭の上からクリスの手のひらの感触に、ミス・淑女道は小さな驚き声を上げた。
 異性に頭を撫でられるのは、父以来だった。
 優しい温もりと、男の力強さも感じる。
 ずっとこんな感触に包まれて欲しかった。唯一の女の子として大事にして欲しかった。

 「クリスさんは、ずるい男です」
 しばらくの沈黙の後、ミス・淑女道は不満そうに呟いて、最後の肉を口に含んだ。彼女の呟きを聞いたクリスは苦笑いして、立ち上がった。

 「自覚しているよ。じゃ俺は戻るから。おかわりが欲しかったら俺たちの所に来い。あとそろそろマスク外せ。本当に新聞部に送るぞ」
 そう言い残して、クリスは踵を返してなぜかちょっと騒がしい一夏達の元へ向かった。
 しかしその途中に、賑やかさの中心から離れたこの庭の隅で静かに食事を進んでいるもう一人の少女が目に入った。

 道着姿で空になった皿を持ったまま、騒いでいるメンバーたちを羨ましげに眺めている少女、北村美菜だった。
 料理を持って来てくれる蘭がなぜかダウンしてるから、おかわりが欲しくても男がいるグリルに近づけなくて困っているか、皆と打ち解けなくて寂しがっているのか。それとも、両方なのか。
 一瞬迷ったあと、クリスは美菜に近づいて彼女の名を呼んだ。

 「美菜ちゃん」
 「あっ、はい!……ってきゃああ!!」
 反射的に返事しながら振り返った美菜はクリスの顔を見た瞬間に彼と目が合い、悲鳴を上げながらグッと足を踏ん張り、渾身の右ストレートを放った。
 しかしこの反応はクリスにとっては想定内だった。 
 「おっと!!」

 スパッ!!
 「……あれ?」