IS バニシングトルーパー 034-035
簡潔に纏まった言葉で、クリスはシャルロット出身と、IS学園に転入した時の事情などをブライアンに聞かせた。
ブライアン・ミッドクリッドという男は今イングラムと協力体制を取ろうとしているなら、少なくとも当面は味方になってくれる。幸いシャルのことが気に入っているようだし、ここはシャルに彼との個人的なコネを作らせておけば、今後はある程度の面倒事ならその権限でなんとかしてくれるはずだ。
そしてクリスの想像通り、シャルの事情を知ったブライアンは憤慨した。
「なんという酷い父親だ! まさかデュノア社社長はそんな冷血な男だったとは。安心したまえ、シャルロット君。これから何かあったら、僕が君の力になろう!」
シャルロットを手を握り持ち上げて、ブライアンは真面目な表情でクリスを一瞥した後シャルロットの目を見てそう言った。
「例えば彼氏に浮気された時とか、遠慮なく僕の元へ来るがいい。最高級の待遇を用意しよう」
「えっ、ああ……はい、ありがとうございます?」
「ですから、ご勧誘はやめてください」
とこんな調子で軽くシャルの奪い合いをした後、クリスとシャルはブライアン一行と共に車に乗り込んで、基地の奥へ進む。
展示広場を通過した時にシャルをハースタル機関の展示ブースに降ろして、車は更に基地の中央部分へ移動し、演習場全体を見下ろせる高層ビルの前にとまった。
ビルのロビーには、既に彼らの到着を待っているイングラムと、後ろに仕えているリンの姿が居た。そして入ってきたブライアンと挨拶の握手を交わしたあと、合流した一行はエレベータに乗り込んだ。
目的地は、これから各国政府代表が集まる上層の会議室。
あそこが、ブライアン事務総長とイングラムの今日の戦場となる。
*
「ではシャルロット、まずはアルブレードの初期設定を確認しておいてくれ」
「はい!」
一方、騒がしい展示広場の方では、ハースタル機関の展示ブースの中で、レディースーツ姿のシャルはロバート・H・オオミヤ博士の指示通りにハンガーに固定されているグレー色の機体の前に立って、外部端末を操作する。
隆聖の「R-1」をベースにして、量産化のために再設計した新型IS「アルブレード」だった。T-LINKシステムや念動力発生装置などを全部オミットしてコストダウンを図った機体だが、原型機と互角に戦えるレベルの基本スペックを持っている。さらに簡単に各部を丸ごと分解できる構造を持ち、改造も簡単にできるようになっている。
「えっと、武器はG・レールガンとブレードトンファーの二種類ですね?」
「そうだ。どうだ? 問題はないか?」
「はい、共に問題ありません」
本来ならアルブレードも大量の汎用武器も搭載できるが、今回はアルブレードのために新規製造した武器しか装備していない。しかしこの二種類の武器だけでも、既に近距離から遠距離まで全部カバーできる。武器設定の確認をした後、シャルロットは落ち着いた声でオオミヤ博士に確認結果を告げた。
ハースタル機関の研究スタッフ達は研究以外のことに殆ど興味を示さない人が多いが、基本的に良知的な人物達である。その中でもオオミヤ博士はかなり友好的な部類に入っている。礼儀正しくて親しみやすい。シャルからは接しやすい大人だと認定されている。
「オッケー、開場までまだ時間がある。しばらく休もう」
「あっ、はい!」
優しく微笑むオオミヤ博士が差し出したコーヒーを注いだ紙コップを受け取り、シャルは彼と一緒にスタッフ用パイプ椅子に腰をかけた。
ブースの設置作業はほぼ完了している。他の雑務を担当するスタッフも仕事を終えて、宣伝パンフレットを積み上げている机の前に座って、開場を待っている。
マスコミはまだ入場して来てないし、他の研究機関の展示ブースの様子も大体落ち着いてきている。協力企業との挨拶を営業部の連中に任せて、展示ブースのスタッフは今のうちに体力を温存しないと、後々後悔することになる。
(クリスはどこかでここを見ているのかな……)
一点の曇りもない澄み切った青空を見上げて、シャルはブライアン事務総長と同伴しているクリスのことを思う。
今日は別行動だけど、明日は午後から一緒にいられるらしい。昼間に仕事を終わらせて、夜の食事会に適当に顔を出したら、後は自由時間だ。
しかし同じ部屋で暮らしてた頃に何も手を出してこなかったのに、いきなり温泉リゾートで二人っきりだなんて……ま、まさかついに……!? だ、だとしたら、気に入りの下着を持ってきたのは、正解かも?!
と、妄想を耽って顔が真っ赤になっているシャルを現実に引き戻したのは、正面から聞こえた女性二人の挨拶声だった。
「おはようございます!……ってあれ?」
「わお~! シャルルちゃんじゃない!」
「えっ!? エクセレンさん?!」
顔を上げると、目に映ったのは大人の女性二人の姿だった。片方はふわふわな服を着てウェーブのかかった長髪をしている二十代女性、もう片方は相変わらず金髪ポニーテールをしている美人、エクセレンだった。
メガネの女性はオオミヤ博士とは知り合いのようで、簡単に会釈した後エクセレンと一緒に入ってきた。
「あらら、女の子に戻ったの? シャルルちゃん」
「はい、シャルロット・デュノアです。改めて、よろしくお願いします!」
レディースーツ姿のシャルをマジマジと新鮮そうに眺めているエクセレンと、隣で穏やかなな笑顔を見せているメガネの女性に、シャルは礼儀よく名乗りを上げた。
すると、メガネの女性も笑顔のまま名刺を出して、シャルへ差し出した。
「ヒューストン基地でプロジェクトTDのチーフを務めている、高倉つぐみです。よろしくね、シャルロットさん」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「しかし新人のテストパイロットがいたなんて知らなかったな。てっきりクリス君がいると思ったのに」
メガネを押し上げて、ブースの中を見回したあと高倉つぐみはやや残念そうな表情になる。反応を見る限りでは、クリスとはかなりの仲良しのように感じた。
しかし二人の関係がやや気になったシャルがそれについて聞こうとした矢先に、先にエクセレンが意味深げな笑い声をこぼした。
「いやいやつぐみちゃん、あのクリス君が理由もなく愛おしい彼女を一人にするわけないじゃない? きっとこの基地のどこかにいるわよ」
にやにやとした口元を手で隠すように覆い、エクセレンは井戸端会議をしているおばちゃんみたいな顔になる。そしてそれを聞いたつぐみはビックリしたように目を丸くしてシャルを見据えた。
さらに次の瞬間に、そのメガネの奥の瞳が怪しげに光り出し、呼吸もちょっと荒くなってきた。
「シャルロットさんってクリス君の彼女だったの? じ、じゃ、ゴシック系ファッションに興味はない? 絶対似合うと思うの! はあ……はあ……」
「えっ? ああ……えっと、エクセレンさんたちも今日は仕事で来ているんですか?」
つぐみの話についていくと変な方向へ行きそうなので、シャルはハァハァしているつぐみをスルーして別の話題をエクセレンに振った。
作品名:IS バニシングトルーパー 034-035 作家名:こもも