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IS  バニシングトルーパー 034-035

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 「そうなのよ……実は最近、マリオン博士はプロジェクトTDと協力してゲシュペンストMK-IVの量産仕様を開発しているの。まだ設計中だから、今日は完成イメージ図だけを展示しているのよね~あっ、でもゲシュペンストMK-IIIは置いてあるわよ?」
 ゲシュペンストMK-IIIを量産したい人間が居たら見てみたいものだ、と言わんばっかりの表情でエクセレンは口元を歪めて肩を竦めた。
 とは言え、本当はこれからの実演時間に登場するとある機体の面倒を見るためにマリオン博士はこの基地にきている。
 無論、一介の空軍少尉に過ぎないエクセレンはまだそれを知らない。

 「じゃ、私たちは戻るから。実演、頑張ってね」
 「はい、ありがとうございます!」
 しばらく雑談した後エクセレンとつぐみは自分たちの展示ブースに戻っていき、丁度出席者たちの入場時間になった。ステージの上で国際IS委員会の議長や基地司令が簡単な挨拶を済ませた後、広場の空気が一気にに熱くなって来た。
 各企業や研究機関の展示ブースの間に走り回って情報を集めるジャーナリストや、新しい量産型ISのスペックと生産コストを質問する各国政府IS部門の関連者。
 その中でも、ハースタル機関の新型IS「アルブレード」に興味を持つものが多い。先端技術に長けているハースタル機関と市場占用率の高いデュノア社が共同して製造した新しい量産機、誰だって実物を見てみたいのだろう。
 深い質問をしてくる人間はオオミヤ博士が一人で引き受けて、実演時間まで手が空いているシャルはスタッフたちの宣伝資料を配るのを手伝って、長い行列を丁寧に捌いて行く。
 そして、午前の時間は資料配りの間であっと言う間に過ぎていき、実演時間が近づいてきたのに気付いたシャルは自分専用のISスーツを入れたスポーツバッグを持って、展示広場を後にして基地の第一演習場へ向かった。

 スケジュールでは、アルブレードの実演は一時間半後になっている。その前にシャルは装着とフィッティングを終わらせなければならん。
 基地内には道標があちこち設置されているため、道に迷うことはない。十五分ほど歩くと、すぐ基地の第一演習場に到着した。更衣室に入ってISスーツに着替えた後、シャルはアルブレードの到着を待つために搬入室に入った。
 搬入室には、別の組織に所属しているテストパイロット数名が既に待機していた。しかし全員は新たに入ってきたシャルにまったく目もくれずに、揃って搬入室のメインモニターを見上げていた。

 (何を見ているの……?)
 好奇心にかけられ、シャルも壁際に立って視線をメインモニターへ向けた。

 そこに映っていたのは、今の第一演習場に対峙している二機のISの姿だった。


 *

 アイルソン基地の第一演習場は今、一触即発な雰囲気に満ちていた。
 睨みあう二機のISの間に漂う濃厚な闘気に、乾燥しきった場内の空気が燃えてしまいそうだ。
 観客席に座っている人達も完全にその剣幕に飲み込まれて、まばたきを忘れて二人を凝視する。

 対峙している二機のうち、一機はアメリカ国家代表のイーリス・コーリングが操縦し、タイガーストライプのカラーをしている第3世代IS「ファング・クエイク」。まるで獲物を狙っている猛獣のように体を屈め、イーリスは片手を地面について、片手で唯一の得物であるナイフを逆手に握り締める。
 端から見れば、それは獲物が一瞬の隙でも見せれば、その首を噛み砕く体勢である。

 「ファング・クエイク」とは、四機のスラスターによる個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を可能にしている、安定性と稼動効率を重心において開発したIS。
 火力を犠牲にしてまで追究した結果、個別連続瞬時加速の成功率がたっだの40%しかない所はやや残念な出来だといわざるを得ないが、この機体で国家代表の座を手に入れたイーリスの技量もそこから窺うことができるのだろう。
 だが彼女は今、目の前に立っている黒い亡霊に本能的な恐怖を感じさせられて、背中に嫌な汗が止まらない。
 一瞬の隙も見当たらない相手の構え一つに、それだけの威圧感があった。

 相手の機体の名前は、量産型ゲシュペンストMK-II改。アメリカのラングレー研究所が開発した量産仕様IS。特徴的な丸いフォームを持つ各部の装甲が一般機の青から黒へ変更され、ウサギ耳のようなブレードアンテナ以外に、さらに額のパーツに通信機能を強化するための角状アンテナが追加されている。
 黒い量産型ゲシュペンストMK-II改は何の得物も持っいなく、ただ両手を手刀にして構えている。パイロットの顔の半分は赤いバイザー状センサーに覆われているが、そのISスーツの上から見える体つきのラインで一つ重要な事実が判明できる。
 パイロットは、成年した男である。

 ピリピリとした空気の中、二人は睨みあったまま動かない。しかし両方とも接近戦で戦うタイプなら、まずは距離を詰めないと始まらない。

 そして十分以上に対峙した後、イーリスの方がついに痺れを切らした。
 イーリス・コーリングという女性は、本質上ではかなりのバトルマニアである。戦いを最高の喜びと、最大の生き甲斐としている。戦闘に入ると、周りの全てを無視して全力を相手にぶつけることだけを考える。
 それが相手にビビッて動けないなんて、断じて認めるわけにはいかない。

 先ずは小手調べだ。
 一気に相手の懐に飛び込んで、腹部へ一刺しを見舞えして、すぐ離脱して様子を見る。場合によっては、そのまま連続して刻み込む。

 そう決めたイーリスはスラスターを起動して、地面を蹴って閃光と化した。
 咆哮しながら牙を剥き出すその姿は、まさに疾走する猛虎。普通の相手ならその勢いだけで怯ませられるのだろう。

 「ふん……!」
 恐怖を克服して最初の一歩踏み出せば、あとはどうってことない。自分の強さを信じて疑わないイーリスは、残虐な笑みを浮かべた。
 ISに乗って戦うことこそ自分の存在意義。相手が男だろうと女だろうと、噛み砕くのみ。空気の爆音の後、イーリスは既にゲシュペンストの至近距離まで侵入した。その奇襲の成功を確信して、イーリスはナイフを相手の腹部に突き刺した。
 「貰ったぞ!!」

 しかしその瞬間に、ゲシュペンストは殺気が立ったように赤いセンサーが強く光った。

 ガキィィィィン!!
 「なにっ!!」
 甲高い金属音が響き、長くて鋭い金属刃が空を舞った。ファング・クエイクのナイフの半分だった。
 イーリスが突き刺したナイフを、ゲシュペンストは手刀によって一瞬で叩き折った。そしてこの瞬きの後、視界に残留した電光でイーリスは相手の武器がただの素手でないことに気付く。
 プラズマ・スライサー。ラウラの専用IS「シュヴァルツェア・レーゲン」のプラズマ手刀と同じ基本概念を持つ物理打撃武器であり、両手にプラズマ・フィールドを形成して、強度を高めてそのまま相手を攻撃する。
 ファング・クエイクの何の変哲のない拳とナイフとは、強度が桁違いだった。

 「しまっ……くほっ!!」