IS バニシングトルーパー 038-039
「こっちだ」
アラクネのパイロットの耳に、彼女にとっての死神の声がすぐ後ろから、確実に届いた。
背後の暗闇から、センサー部が赤い光を放つゲシュペンスト・タイプRVの黒い輪郭が、うっすらと浮かび上がる。
いつの間にか、ギリアムは既にアラクネの背後に忍び寄せていた。
「後ろ?!」
「もう遅いぞ!!」
慌てて距離を取ろうとするアラクネに、ギリアムはゲシュペンスト・タイプRVが持つ、対IS用の切り札を作動させた。
胸部装甲がカチッと開かれ、その奥にのぞく砲口が唸り始める。
「ヴァンピーアレーザー、照射!!」
タイプRVの胸部砲口から噴出された、血を連想させるような赤いビームは至近距離からアラクネに直撃し、拡散して標的を飲み込む。
衝撃はそれほど激しいものではない。
だがそのまま攻撃を喰らったアラクネのパイロットはAIからの警告メッセージを見て、信じられないという表情になった。
「莫迦な!! 残りのエネルギーシールドが……全部消失した!?」
そう、吸血鬼の名を冠されたこの武器こそ、タイプRVの最大の強みであった。
ゲシュペンスト・タイプRVは、あくまでギリアムがエルピスから持ってきたパワードスーツ「ゲシュペンスト」を改修したものであり、ISではない。
ISの標準装備であるエネルギーシールドは待たない。
しかし、その劣勢を引っ繰り返せるほどの切り札を、こっちには持っている。
エネルギーシールド吸収能力。
命中した目標のシールドエネルギーを吸い上げて敵を出力低下に追い込み、さらにその吸い取ったエネルギーを自分の機体に転用する武装「ヴァンピーア・レーザー」。
相手のエネルギー総量にもよるが、敵の攻撃が当ると判断した場合に自動的にエネルギーシールドを作動させるISにとっては、天敵になり得る利器とも言えるのだろう。
そしてエネルギーシールドを喪失した相手なら、攻撃も直接本体に届ける。
遠慮する必要がなくなった。左腕のメガ・プラズマカッターを二本引き抜いて、ギリアムはバックパックのバーニアを噴かしてアラクネへ接近する。
「いただく!!」
「くっ!!」
雄叫びしながらギリアムは青く光るエネルギーの剣を振りかぶり、敵のアラクネは八本の脚刃で対抗しようとしたが、バッサリと左右に三本ずつ切り飛ばされた。
そして残りの二本がタイプRVに届く前にパイロットの腹部がギリアムの蹴りに見舞われ、アラクネは森の中へ落ちていく。
「では、終わりにさせてもらうぞ」
リアスカートアーマーにマウントされていたメガバスターキャノンを手に取り、ギリアムはアラクネへ照準を合わせて、トドメを刺そうとする。
戦争を讃える気はないが、車に乗っているやつらを始末したら帰るつもりだったから、撃たれるなんて考えてなかった、そんな生ぬるい覚悟で戦場に立つのなら、これは当然の報いだ。
――テロリストというものは、どこの世界でも一緒だな。悪いが、慈悲などくれてやれん。
バシュッ!!
「……!!」
トリガーにかけた指を絞ろうとした矢先に、タイプRVのアラームが鳴り始め、ギリアムは反射的にスタスターを噴かし、急加速して前上方へ移動する。
そして間一髪のタイミングで、さっきまでギリアムが居たその場所に複数のレーザービームが掠っていく。
「新手か!?」
続いてく撃ってくるビームを避けつつ、ギリアムは新たにレーダーに映った七つのマークを一瞥して、そう言った。
まずい。この数なら、レーツェルも連れて来るべきだったな。
しかし視界に飛び込んだ小さな物体の正体を確認した後、ギリアムはその考えを打ち消すことにした。
あれは長くて小さい浮遊砲台、ビットだった。
六つのビットが上手く連携を取って、あらゆる角度からゲシュペンスト・タイプRVへ熱線を吐き出す。
しかしそれは、ギリアムにとって脅威にはなり得ぬものだった。
「この俺に、ビットなど通用するものか!」
運動軌道を予測して、ギリアムはトリガーを絞ってメガバスターキャノンを発射する。その射線と重なった二基のビットは命中直前にシールドのようなものを張ったが、そんなものでメガバスターキャノンを防げるわけもなく、粒子ビームのに飲み込まれて光を上げた。
同時に背後から接近してくるもう一基のビットにメガ・プラズマカッターを投げつけて、標的を貫通した。
「止まってるように見えるな!!」
目線で残り三基のビットを捉え、ギリアムは挑発の言葉を口にしながら装弾して狙い撃つ。
これしきのオールレンジ攻撃、かつて戦ったあの男の「フ○ン・ファ○ネル」の足元にも及ばん。歴戦の経験を持つギリアムの前では、この程度のビット軌道を予測して撃ち落とすなんて造作もないことだった。
そして微細の金属破片を原料に爆煙が広がっていく中、ビットを破壊し尽くしたギリアムはさっきアラクネが落ちていた場所を見下ろす。
そこには、既に誰の姿もいなかった。
「……やはりか」
レーダーをチェックしつつ高度を下げて、着陸したギリアムは周囲を見回す。
本体からの攻撃がこないと思ったら、さっき放ったビットはあくまで時間稼ぎで、本当の目的はアラクネの回収ってわけか。
この環境と時間、もし相手展開を解除して森の奥に逃げ込んだら、追跡は大掛りの仕事になる。それに結構派手にやったし、そろそろ退散しないと後始末が面倒くさい。
まあいい。最初の任務は達成した。次は逃がさん。
『ギリアム少佐』
丁度このタイミングで、通信機に部下からの連絡が届いた。
「玲次か。どうした」
『壇と光次郎とも既に合流しました。保護対象――ビアン・ゾルダーク博士も無事です』
「そうか。こっちも丁度今敵ISを撃退したところだ。すぐそっちへ向かうから、少し待て」
『了解です。では今のうちに、輸送機の手配もしておきます』
「ああ、そうしてくれ」
部下との通信を切って、ゲシュペンスト・タイプRVは再び推進ユニットの反重力翼を展開して、ゆっくりと離陸する。
そしてメインスラスターが火を噴き、前方へ押し出された黒き亡霊――ゲシュペンスト・タイプRVは闇に紛れ込んで、夜空の向こうへ消えていった。
*
日本時間20:30、IS学園一年生生徒寮。
夕食とお風呂を済ませた女子生徒が部屋で新しい水着を見せ合うこの時間帯に、廊下の突き当たりにある部屋のドアの前に一人の女子生徒が佇んでいた。
ドアを叩こうとしたが、一瞬迷った後止めた。
手を引っ込めてポケットから手鏡を取り出して、自分の身だしなみの最終確認をする。
恋する乙女たるもの、思いを寄せる殿方の前ではいつも完璧な自分を見せなくてはならない。
金色の長髪のロール状末端をいじり、手のひらで頬を触り、シャツの襟を整えてみる。数分をかけて、やっと納得の行く状態に仕上げた。
手鏡をしまって、女子生徒は軽く咳払いして、教養よくドアを叩いた。
中から「どうぞ」って男の子の声が聞こえると、彼女はドアノブを回して入室した。
「こんばんは、クリスさん」
「ああ、セシリアか。こんばんは」
作品名:IS バニシングトルーパー 038-039 作家名:こもも