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IS  バニシングトルーパー 041

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 IS学園に在籍しているたった三名の男子生徒の一人だ。
 強くて格好良くて、いつも沢山の人と一緒に居て、いつも沢山の人から見られている。
 まさに物語の中心にいるような人だな。

 けれど、そんな彼は誰に話しかけているの?
 周りを見回して、自分と彼以外に誰の姿も居ない。

 「何をしてるの?」
 少女の行動が少年の目には滑稽に映ったのだろう。彼は楽しげに微笑み、体をしゃがんで少女と真っ直ぐに向き合った。

 「えっ? わたし……ですか?」
 いかにも意外そうな表情で、少女はやや緊張した声で返事をした。
 まさかこの人が自ら、目立たない自分に話しかけてくるなんて。

 「そう、君だよ。ちょっと話をしてもいいかな?」
 「えっ!?」
 「さっきから、ずっと君と話をしてみたかった。読書はもう終わり?」
 「あっ、はい」
 私が本を読んでいる間に、ずっと待っていたのだろうか。
 やや申し訳ない気持ちになりつつ手早く手元の本をバッグに入れ、少女はなぜかシートの上で正座になって少年と向き合った。
 一体どういう用件だろう、という疑問を抱えて。

 「ど、どうぞ」
 「ありがとう。では単刀直入に言うけど、君をナンパにし来た」
 「……はっ?」
 あまりにも突拍子もない少年の言葉に、目を丸くした少女はそんな間の抜けた返事しかできなかった。
 今この人、ナンパって言った?
 ナンパとは、知らない異性に声をかけて、デートに誘う行為を指すあのナンパ?
 そんな行為を、この人が私に?

 「そうだよ。君の声が聞きたい、話したい、一緒に砂浜を歩いてみたい。君を見た瞬間から、そんな風に思った。それがナンパと言うのなら、俺は、君をナンパしに来たと思う」
 「わ、私をですか? どうしてですか?」
 「どうしてって……君の魅力に惹かれたとしか言い様がないよ」
 「嘘です。私なんて地味で根暗で全然可愛くなくて、本ばかり読んでて人とまともに話せなくて」
 「そんなことはないよ。……ほら」
 「あっ……!」
 急に、少年は少女の右手を掴んで、彼の胸元に押し当てた。
 男の子の体を触るのは、これが初めてだ。硬い筋肉の感触と共に彼の心臓の鼓動が、手のひらから伝わってくる。

 「凄い……」 
 「君と話しているだけで、こんなにもドキドキしている。これは、君に魅力があることの証拠だよ」
 そう言いながら、少年は彼女の頬に優しく手を添え、顔をやや上げさせてその瞳を見つめた。
 
 「君の名前は?」
 「あやか……です」
 至近距離から彼の顔を見つめて、彼の瞳に見つめられた。
 それだけで、緊張しすぎてパンクしそうなのに、彼はさらに言葉をかけてくる。

 「あやか、か。いい響きだ」
 「はっ、はい……ありがとうございます」
 「やっと君の名前が分かったよ。もう絶対に忘れない。これから、君のことをもっと知ってもいいかな?」
 「あっ、はい。別に構いませんが……」
 「ありがとう。お礼として、一ついいことを教えてあげるよ」
 「いいこと……ですか?」
 「ああ。ほら、あそこに海の家がいるだろう?」
 ここからやや遠い所にある海の家を、少年は指差して少女に見せた。

 「あの店にはね、凄く美味しいジュースがあるんだ。昼の一時から二時まで限定の裏メニュー。もし興味があったら、注文してみるといいよ」
 「そんなに美味しいんですか……?」
 「ああ、美味しいよ」 
 「そ、そうですか。で、では……」
 「信じてくれて、ありがとう」
 メガネのレンズ越しに彼の笑顔は、まるで輝いているように見えた。


 *


 「よしっ、これで十五人目撃破だな」
 再びサングラスをかけて、銀髪少年は片方の拳をグッと握り締めて、小さなガッツポーズを取った。
 二時まで残りあと三十分。
 不審者のイルムと違って、こっちは女子の間じゃ有名人だ。警戒されることは少ない。平均二分で一人を落としてきたこのベースを保てば負けはしないはずだ。
 許してくれ、シャル。
 これは男の尊厳をかけた勝負だ。
 そのために俺は修羅の道を行かねばならん。
 決してたくさんの女の子と仲良くなりたいわけじゃないから。
 例の写真の件もあるしな。
 さて、次のターゲットは?
 ナンパの修羅と化したクリスは視線を遠くへ向け、次のターゲットになり得る女の子を探す。

 「んっ? あれは……」
 すぐにクリスの視線は、岩場に腰を下ろして海の向こうを眺めている少女の物鬱げな後姿に止まった。
 空と海の蒼と良く似合う、明るい金色の長髪を二つのお団子状に結い、学校が指定した紺色のワンピース水着を着た少女だ。
 今時学校指定のスクール水着を着てくる女子なんて、逆に珍しいな。
 こっちに背を向けているため顔は見えないが、後ろから見える細腰と美尻からそのスタイルのよさを窺わせている。
 見たところ、彼女の周囲に他の誰もいなく、一人で休憩しているらしい。

 ――よし、なら話をかけてみよう。
 ターゲットを見定めたクリスは、すぐにその女の子に後ろから近づいた。
 名工の手による金細工かと見紛うばかりの美しい金髪に、磨き上げられた白大理石のように汚れのない、透き通るような白い肌。近づけば近づくほど、この女子の魅力と気品を感じてしまう。
 一回深呼吸して、クリスは手を上げて彼女に柔らかい声で言葉をかけた。

 「よっ、そこのキミ……げっ!!」
 そしてその少女が振り返って顔を見せた瞬間に、クリスは後悔した。

 「……げって、どういう意味?」
 気の強そうな青い瞳から明らかに不機嫌そうな感情を篭めた視線を放ち、金髪の少女はナンパしてきた野郎を睨みつける。
 クリスが唯一頭の上がらない少女、レオナ・ガーシュタインだった。
 道理で見かけないと思ったら、まさか団子頭に変装していたとは。
 紛らわしいことするなよ。くそっ、意外と可愛いじゃねえか。

 「えっと、すみません、人違いでした。アディオス!!」
 硬い笑顔で適当ないい訳を作って彼女を誤魔化し、クリスは素早く踵を返して離脱を図った。
 ナンパしているなんて知られたら、また説教か処刑だ。一刻も早く逃げねば。
 しかしこの男の行動パターンを熟知しているレオナから見れば、あまりにも不自然な行動だった。
 明らかに疚しいことをしている時の反応だ。

 「待ちなさい」
 「あはは、あははは」
 何も聞こえなかったふりして、乾いた笑いしながら駆け足で逃げていくのが益々怪しい。大体人の顔を見るなり、“げっ”てどういうことよ。失礼にも程があるわよ。
 そう思うと、なぜかこの悪の根源を逃がすわけにいかない気がしてきた。ビーチサンダルを手に取り、レオナはクリスの膝裏を狙って思いっきり投げつけた。

 「待ちなさいって言ってるでしょう!!」
 「痛い!!」
 小さなサンダルがものの見事にクリスの膝裏に命中して、彼はバランスを崩して砂の上に膝をついた。これを隙にレオナは接近した彼の腕を掴んだ。
 逃げようだって、そう簡単には行かないわよ。

 「おっ、おや、レオナじゃないか。奇遇だね」
 汗を額を洗う瀑布の如くに流し続けながら、クリスは振り返ってレオナを向き合い、白々しい挨拶をした。