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IS  バニシングトルーパー 041

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 だがイルムに向かってクリスは軽く、頭を横へ振った。

 「まだです。最後まで諦めません」
 「なぜだ? 数の差がはっきりしているだろう?」
 「関係ありませんよ。最後に俺を待っているのは敗北であろうと、屈辱であろうと、ナンパした子たちの輝かしい笑顔を、俺は忘れません。彼女たちを喜ばせたことは、俺の誇りです」
 イルムの横を通って、クリスは彼と背中を合わせて立ち、懐かしそうな笑みを口元に刻む。

 「カザハラ流のナンパは己のためのものでなく、相手のためのものだと、イルムさんに教わりました。女の子たちが喜んでくれたのなら、俺の結末など些細なことですよ」
 そう。我々はただ欲を満たすために女性に話をかけているわけではない。
 女の子をより可愛く、より美しく、より輝かしくするために、我々はここに立ったのだ。
 薄汚い犬ともと違って、我々は誇り高き狼だからな。

 「……チッ、しばらく見ないうちに一人前になりやがって」
 海の向こうを眺めたまま、イルムはブーメランパンツの位置を調整しながら、どこか震えているような声でそう返事した。

 「もう教えることは何もねえな。今日から免許皆伝だ」
 「えっ!? でも俺、まだたくさん学びたい奥義が……!!」
 「聞け!」
 クリスの言葉を遮るように手で制し、イルムは振り返ってサングラスを外し、彼の顔を真っ直ぐに見据えた。
 その赤い瞳にはとても複雑で、読みきれない感情が滾っていた。

 ヒヨッコだと思っていたか、いつの間にか立派に飛べるようになっちまった。
 くそっ、本当に歳を食った気分になってきたじゃねえか。
 今日から、お前はもう弟子じゃねえ。

 「……ナンパは所詮人と絆を作る行為であり、形はそれぞれだ。だからお前はお前の道を行き、お前だけの技を見出せばいい」
 「イルムさん……」
 「自分の望みを形になせ。たとえその結末は二股だろうとハーレムだろうと、それがお前の決めた道なら、俺は応援するぜ。さあ、そろそろラスト十分間だ。行こうぜ。……相棒」

 それだけ言って、イルムは再び背を向け、女の子たちの群れへ一歩足を踏み出した。
 痛みを背に、その迷いのない足運びは彼の決意。
 そうだ。たとえ明日(みらい)に待つのは破滅であろうとも、彼は今日(いま)という瞬間を噛み締めたい。
 傷だらけの体で、ただ前へ歩み続ける。立ち止ることなどできない。
 なぜなら、それは――

 「イルムさん……はい!!」

 後についてくるやつに、情けない姿を見せるわけにはいかないからな。


 *


 同時刻、シャル達が働いている海の家の店裏にも、生き様を貫こうとしてる男の姿があった。
 黒髪の少年一人はラムネ空き瓶のケースの裏に身を隠し、荒れた呼吸を必死に潜めていた。
 ピンク色のパーカーを握り締め、感覚を澄ませた少年は唾を飲み込み、唇をきつく結ぶ。
 一時間以上追いかけてなお諦めていない猟犬たちの足音が、近づいてきた。

 「チッ、一夏のやつ、どこに隠れた!?」
 「この近くにいるはずなんだけどな……」
 ポニーテールとツインテールの影が少年の横の地面に映り、少女二人の声が背後から聞こえてくる。

 「どうやらここにはいない見たいね」
 ――そうだ。ここに誰もいないから、さっさと別のところに行け。

 「一夏のやつ……まさかここまでシスコンだったとは」
 ――ほっとけ。

 「いや、きっとクリスの奴に煽られたからだよ」
 ――ふざけるな。彼と俺の決意を侮辱しないでくれ。

 「どのみち、見つけたらただじゃおかないがな」
 ――見つければな。

 「あっ、千冬さん、またあんな危険なポーズを!!」
 「……っ!!」
 「そこかっ!!」
 「しまった!!」
 僅かに動揺した気配が悟られたと気付き、少年はすぐに側転して攻撃を回避する。
 直後に、さっきまで居た場所にクナイのように物が三本、地面に刺さった。
 割り箸だった。

 「チッ!」
 一歩でも遅かったらあの割り箸に背中を貫かれていたと思うと、少年は思わず背筋がゾッとしてしまい、軽く舌を鳴らした。
 顔を上げると、臨戦態勢の少女二人の姿が目に入る。

 「もう逃げ場はないぞ? 一夏」
 「さっさと観念して、お縄につきなさい!!」
 誰かから借りてきた木刀を構えた箒と、指の股に八本の割り箸を挟んだ鈴が、ゆっくりと迫る。

 「逃げるのもここまでか……」
 逃げ道は塞がれた。手に持つのは|全て遠き姉のパーカー(アヴァロン)のみ。
 だがこの逆境に立たされた彼は、笑っていた。

 上等いい。このまま逃げ回るのもどうかと思っていたところだ。
 V字は脳内アカシックレコードに刻み込んだ。思い残すことはもうない。
 どうせ散るなら、戦場で潔く散りたい。あいつのようにな。
 ※本人はまだ元気一杯でナンパしてます。

 ――我が覇道(シスコン)を阻むものは、張り倒すのみ。

 「止められるものなら……止めてみろ!!」
 地面を蹴って、覚悟を固めた少年は敵へ突進したのだった。


 *


 「さて、二時まで三分間切ったな」
 店へ行く女の子と手を振って別れて、クリスは時間を確認して、気合を入れ直す。
 結局、最後までエースボーナスを貰えなかったな。
 だが勝ち負けとか、写真とかもうどうでもいいんだ。楽しかったしな。
 イルムさんもこれを分かってるから、特にペナルティを用意しなかったのだろう。

 「ラストは……おっ?!」
 最後のターゲットを決めようと、顎に手を当てながら辺りに視線を巡らせると、裸足で波打ち際をゆっくり歩く少女二人の後ろ姿が視界に映りこんだ。
 それぞれ青色とオレンジ色のビキニを着た、綺麗な黒髪を持つ少女たちだった。一人は腰まで伸びたロングヘアをポニーテールに纏め上げており、もう一人はやや長めのセミロングをツーサイドアップに結い上げている。
 二人は会話することもなく、ただ眩しい太陽の下で潮風に吹かれて乱れた髪の毛を押えながら、優雅に散歩する。
 その物静かな後姿だけでも、シャッターを押したくなるほどの美しさがあった。

 まさかあんな隠しボスキャラが居たとは。手強そうだが、最後の挑戦としては申し分ない相手だ。
 そう思ったクリスは、積極的に行動することにした。
 咳払いしてサングラスを外し、駆け足であの二人に近寄って手を上げ、爽やかな声をかけた。

 「あっ、そこの可愛い二人、ちょっと話をしたいんだけどいいかな!?」

 ――カチャッ、と言う音がした。

 「……えっ?」
 気が付くと、自分の両手のは金属の輪がかけられ、自由が奪われた。
 チェーン付きの金属の輪だった。

 あれ? この形、この構造、まさかこれって所謂アレじゃなイカ?
 腕の自由を奪うことで逃走や暴行を防ぐための拘束具として知られている、手錠ってやつじゃなイカ?
 どうして? どうしてこんなものが俺の手に? 
 この国って、ナンパは犯罪なの? 

 一瞬で起きた不思議な出来事にポカンと口を開いて、クリスは顔を上げてさっきナンパしようとしていた少女二人を見る。

 「本当に、上手くいきましたわね」