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IS  バニシングトルーパー 041

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 「言ったでしょう? 髪を黒く染めたら一発で捕まえられるって」
 「その声は……!」
 振り返って顔を見せた二人の正体に、クリスの顔が引き攣り始めた。
 髪色がなぜか黒くなっているし、髪型もいつもと違うが、この二人の可愛い顔を忘れられるわけがない。
 黒髪バージョンのシャルとセシリアだった。

 「あ、あれ、二人とも、店の手伝いは……?」
 なんとか硬い笑顔を作って、クリスは二人に問いかけながらゆっくりと後ろへ下がった。
 しゃらっと、金属チェーンが揺れる音がした。
 シャルとセシリアの腕に、クリスにかけられている二つの手錠のもう片方をかけてあり、逃げるという選択肢が封じられた。
 なんてことだ。二人はわざと髪をスプレーとかで黒く染めて、罠を張っていたというわけか。
 しかしなぜバレた。二時までまだ時間があるはずなのに。

 「実はね、偶然にも店に来たレオナからいろいろ聞いたのよ。クリス、私達が必死に働いている間に、何をやってたの~?」
 明るくて殺気の篭った笑顔をして、シャルはそう返事しながらクリスの頬を思いっきりつねった。
 レオナが店に来てなかったら、まだ知らないまま働いていたかもしれない。そう思うと益々腹が立ってきて、指にさらに力を乗せる。

 「きゃ、客寄せしてました。普通に。はい」
 普通に話をかけて、普通にジュースを勧めただけだ……と思う。

 「そう言えば、二種類のジュースだけがやけに売れてましたわね。全部クリスさんが呼んだ客ですか?」
 チャーミングで黒い笑顔をして、セシリアはクリスのもう片方の頬をつねる。
 さすがに今回ばかりは頭に来ました。本当は接客なんてやったことなくて、色々努力してましたのに。褒めの言葉一つもくれずに、ビーチで女の子に片っ端から声をかけていたとは、いいご身分ですこと。

 「まさか。パイナップルジュースはイルムさんの客でございます。はい」
 「へえ~、つまりクリスはイルムさんとナンパ勝負してたと、そして負けたと」
 「これは勝ち負けの問題ではない! ただ女の子をより……あっ」
 自分の失言に気付き、クリスはすぐに自分の口を閉じた。

 「「ただ女の子をより……なに?」」
 周囲を空気を一気に凍結させるほどの寒気を放出しながら、シャルとセシリアはクリスの頬をつねたまま顔を引き寄せる。

 「……何でもありません」
 迫ってくる二人からの非難の視線から、クリスは目を逸らさずには居られなかった。

 「恍けるな!! 店の裏に居ないと思ったら、イルムさんと二人でナンパしてたでしょう!!」
 「酷い!! 私たちが必死に働いてましたのに!!」
 「今度こそ許さないんだから!! こっちに来なさい!!」
 「ちょ、ちょっと待て! まず手錠を!!」
 「「お黙り!!」」
 せめての頼みも一蹴され、クリスは少女二人に抗えることなく、そのまま腕を引っ張られて連行されていく。
 イルムさん。どうやら破滅は明日にくるとは限りないみたいです。はい。

 *

 派手に散って行った男。闇に葬り去られた男。そして海を普通に満喫した男。
 異なる結末を迎えても、彼らは同じ空を見上げていた。
 あの、段々と茜色に染まっていき、やがて闇を溶け合い暗くなっていく空を。
 そして水面に映った夕日の名残を惜しむように、いつまでも眺めていた。
 臨海学校初日の夜の到来だった。
 IS学園の一年生たちが下宿した旅館の大広間から、賑やかな歓声が廊下まで響き渡る。

 「うわ~豪勢だね!」
 「凄く美味しそう~!」
 美味しい和風料理を前にして、とっくに腹ペコになっている生徒たちはもう形振り構って入られない。午後の見聞を話し合いながら、浴衣に着替えた少女達は箸を進んで料理の美味さを堪能する。
 そして、少年三名の待遇も、それぞれまったく違うものになっていた。

 「あっ、す、すまん」
 「いや……別に気にしてねえから」
 隣席の隆聖と肘をぶつかって、ラウラはすぐに頬を染めて目を伏せた。
 すると隆聖もなぜか気まずそうな表情して、顔を逸らした。
 まるで初々しいカップルのような一幕を見せてくれた二人を、周囲の生徒は生ぬるい目で交差して見る。
 一体何があった、隆聖君、ラウラ君。

 そして座布団の上で、無表情で静かに食事を進めている一夏。
 顔が大量の生傷を負い、頬が腫れ、胸元に「シスコンでごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」という木板がぶら下げている彼の両脇は、眉を顰めている鈴と箒によって固められている。
 そんな彼を、生徒はみんなチラチラと意味深げな目で見ながら、ひそひそと言葉を交わしている。
 これが所謂、晒し首というやつですね。
 けどそれは君が意地を通そうとした結果なら、男として決して蔑むようなことはしないさ。
 覇道(シスコン)を極め、もっと強くなるのだ。どんな困難にも負けないように。

 最後のはテーブル席に座り、未だに手錠をかけられて食事ができないクリス。
 結局着替えとトイレ以外に、シャルとセシリアは手錠を外してくれなかった。
 今は美味しそうな料理が目の前にいるのに、女子二人はクリスの両側で自分の食事に専念してこっちの腕を自由にしてくれない。
 これは、夕食抜きの刑であるか。
 一部の生徒は冷たい視線を彼に向け、一部の生徒は頬を桜色に染めて心配そうな目で彼を眺める。
 そんな彼女たちに微笑み返してみると、すぐテーブルの下で横の二人に蹴られてしまった。

 「あのな、シャル。そろそろ許してくれないかな」
 「……ダメ。深く傷ついたからまだ許さない」
 「じゃ、何時になったら解放してくれるの? 寝るときはどうする?」
 「一緒に寝る」
 「マジか!!」
 「んなわけないでしょう!」
 やはり不機嫌そうな冷たい目で、シャルはクリスを一瞥してふんとそっぽを向いた。
 やはりナンパの件でかなり腹が立ったらしい。悪ノリしすぎたかもしれない。
 こりゃ、二人っきりになってから宥めた方がいいな。

 「じゃ、セシリアは解放してくれよ。頼むから、なっ?」
 「わたくしとしては、今夜はずっとこのままでいて下さった方が嬉しいのですが」
 「……いやいや、色々とまずいでしょう」
 「大丈夫ですよ。覚悟は出来てますから」
 「何の覚悟だよ! いや、答えなくていい」
 セシリアの方は心の中で黒い欲が渦巻いていた。
 さすがにシャルの隣でこの会話を続くのは自殺行為だ。さっさと話題を切り上げて、クリスは再び黙り込んだ。
 手錠を自力で外すのは簡単だが、それでは二人をさらに激怒させることに等しい。
 今は我慢しかない、ということだろうか。

 「ハァ……」
 大きなため息をついて、クリスは顔をテーブルに深く埋めた。
 ナンパで体力(プラーナ)を大量消費したのに、自分の前に置かれている料理を隣の二人は美味しそうに平らげていく。
 こんな業火は、普通の痛みより遥かにきつい。
 そっちのシスコンだってちゃんと飯を食べているのに。


 *


 結局、夕食時間が終わるまで、クリスは自分の腹の虫を静めることができなかった。