IS バニシングトルーパー 042
そして一夏の白式に、束は端末のコード差し込んで、今まで蓄積してきたデータを閲覧する。
「うん~結構特殊なフラグメントマップを構築したね。見たことないよ。いっくんは男だからかな」
「そのことなんだけど、俺がISを使える理由って、何ですか?」
「さあ……私にも分からないよ。ナノ単位まで分解すれば分かるかもしれないけど」
「それは勘弁してください」
「まあ、ズフィルード・クリ……じゃなくて、ISコアは自己進化ができるから、そのうち男全員が使えるようになるかもしれないね!」
さりげなく凄いことを軽い口調で言い放った後、束は視線を一夏から、他の男子生徒二人へ移った。
「なっ、何だ? ナノ分解とかは御免だぞ」
束に目を付けられ、隆聖は彼女がさっき一夏に言った言葉を思い出して、顔を引き攣らせながら身構えた。
クリスの方は不愉快そうな顔をして長いため息をつき、無言に彼女の目から視線を逸らした。
「いっくんの理由は分からないけど、あの二人がISを乗れる理由は分かるよ?」
「えっ?!」
「こっちの人は、ISコアの方をある程度弄ったから、認証プロセスをスキップしたのよね? さすがシーちゃん!! ねえ、そのR-1ってISをちょっと見せてよ!」
ニコリと笑いながら、束はコード端子を握ってR-1のデータを取ろうと隆聖へ迫る。
だがその前に、クリスは隆聖と束の間に割り込んで、束を阻止した。
「悪いが、企業秘密だ。部外者には見せられん」
「ケチ!! 君はえっと、確か名前は……クリストフだったかな? アメリカで会った時、いきなり箒ちゃんの名前を出されたから、ビックリしたよ」
注目を隆聖からクリスへ移った束は両手の食指を頬に当てて、無邪気な笑顔を咲かせた。
無表情ながらもどこか煩げな表情をして、クリスは無言に彼女の顔を見る。
アメリカで一回だけ一方的な会話をしていたが、まさかこっちの名前を調べたとは。
「君はちょっと特殊だよね? いっくんのような天然素材でもないのに、どのコアをも起動できるようにされているの。なぜなら、それは君の体の中の殆どがバルシェムという名の……」
「黙れ!!!」
束に言葉を、顔色が一変したクリスは凄まじい迫力のある怒号で、最後まで言わせることなく遮った。
そして瞬きをした次の瞬間に、右腕を局部展開したクリスはフォトンライフルSの銃口を束の胸元に突きつけて、指を引き金にかけた。
「これ以上余計なことを喋ったら、殺す」
普段の穏やかな口調からは考えられないような、本気で殺意を篭った口調で、クリスは束にそんな物騒なセリフを放った。
いつもの柔らかい表情や雰囲気が完全に消え失せ、今の彼は顔に慈悲も優しさもまったく見当たらず、瞳に冷酷な光りが灯っている。
それは、心の中の大事な何かが既に磨り潰され、必要なら他人の命を奪うことに躊躇いをしない人間だけができる、冷徹な瞳だ。
彼は本気だ。これ以上束が何か喋ったら、彼は迷わず引き金を引いてしまう。
クリスの目を見た人は、全員そう確信した。
「……♪」
当人の束は銃口を突き付けられても、まったく動揺する様子がなく、ただ無言に彼と見つめ合う。
そんなもので、私を殺すつもり? とばかりの笑顔を浮かべながら。
何も考えてないように見えても、この女は本来なら、あと百年経っても確立できるかどうかの技術を大量に齎し、世界を異常なまでに加速させた。
本当に何も考えてないのか。それとも、実は何か意図があったのか。
答えは、彼女本人しか知らないだろう。
「おい、クリス! 落ち着けよ!!」
「そうだぞ! まず銃を下ろせ!!」
女性陣の豹変したクリスの怖い雰囲気に圧倒され、男子二人だけはなんとかクリスに冷静さを取り戻させようと勧告する。
束は無神経にも何か重要な、かつクリスとしては触れられたくない話をしたから、彼を怒らせたみたいだけど、いくら何でも銃はまずい。
しかし、クリスは銃を下ろす気配をまったく見せない。
「私、知っているよ? 君と凶鳥(ヒュッケバイン)は、本当はただ“ゲート”を開くための……」
パンッ!!
相変わらず能天気な声で話題を再開した束の言葉を、クリスはもう一度遮った。
怒号ではなく、光の銃弾をもって。
けれど銃弾は束の胴体ではなく、彼女の後ろにある岩を命中して、粉々に砕けた。
至近距離からの、外れ様のない射撃だった。標的である束も銃口から一歩も引かなかった。
なのに、銃弾はまるでそこに束が存在していないかのように通り抜けて、彼女に何のダメージを与えることもできなかった。
どんな魔法を使ったんだ。
「無駄だよ~♪」
「ああ、そうかよ!」
フォトンライフルSを収めた次の瞬間に、クリスはエクスバインを完全展開してグラビトンライフルを呼び出し、もう一度束を照準に入れる。
だが重力子のチャージが完了する前に、束はウエストポーチから小さくて黒い物体を取り出して高く掲げ、その上にあるスイッチ状の部分を押した。
「スイッチ、オン!!」
彼女のノリの良い声と同時に、スモーク! という電子音声が聞こえ、束が居る場所を中心に放出された煙にこの場は一瞬で包まれ、全員の視野を遮った。
そして煙が散開し、視野が晴れた時、束の姿は既にどこにも見当たらなかった。
「チッ、逃げられたか」
ハイパーセンサーで周囲に束の生体反応がないと確認した後、クリスはエクスバインを解除し、険しい顔のまま地面に立った。
そんな彼に千冬は近づいてきて、厳しい表情をして彼を睨みつけたが、その視線に気付いたクリスは臆せずに睨み返す。
束がここに来ることを知っていながら、千冬は通報するところか、箒までここに呼んできた。ただ会わせたかっただけなら未だしも、実際に行ったのはISの受け渡しだった。
事前に連絡して、指名手配されている人間から、大量殺戮を簡単にできるマシンを受け取る。見方によらなくても立派なテロ行為だ。
ただ束と箒の姉妹関係を改善させるきっかけを与えたかったから? さっきも言ったが、ケーキやぬいぐるみにしろって話だ。
当然、十五のガキでも分かる理屈、千冬が分からないはずはない。
だからこそ、黙って何も言わなかったのだろう。
――互い事情を抱えているのなら、こっちから追究しない代わりに、こっちの事情に口出しするな。
そんなメッセージを篭めて、クリスは千冬と視線を交わした。
すると背中から、誰かに抱きつかれた柔らかい温もりを感じた。
いままで傍観していた、シャルだった。
「そんな怖い顔、しないで」
後ろから、クリスの背中に顔を埋めたシャルの、不安で泣きそうな声が聞こえた。
クリスがそんな殺気を立った冷酷な目つきをしたのを、いままで初めて見た。
まるで遠い世界にいるような存在に感じて、クリスを止める勇気すら出せなかったのが、凄く悔しい。
「お願い、いつものクリスに戻って?」
「シャル……」
彼女の手に自分の手を重ね、クリスは空を見上げて深呼吸した。
この体のことは、いつか自分の口からシャルに教えるつもりだ。
作品名:IS バニシングトルーパー 042 作家名:こもも