IS バニシングトルーパー 043
今の紅椿は射撃をある程度こなせるが、銀の福音と撃ち合いをやっても不利になる一方だ。やはり白式と同じく、高機動力を活かした格闘戦に持ち込まないとダメージを稼ぐところか、足を止めることもできない。
だが上から、さらに数え切れない程のエネルギー弾丸が降ってきて、容赦なく二人へ襲い掛かる。
「くっ……!!」
「何だこの数は!!」
攻撃が来れば、回避するのが道理。何発かの弾丸を喰らいながらも、一夏と箒は攻撃の元を追って白い雲へ飛び込んだ。
「くそぁああああっ!!」
瞬時加速を使って、一夏は一直線に銀の福音との距離を詰め、実体剣の雪片弐型を振り下ろした。
いかに射撃武装が凄かろうと、相手の格闘武装は素手なら、格闘戦のリーチではこっちの方が上だ。
――零落白夜を使わずとも、この一撃で!!
だが振り下ろされた一夏の雪片弐型は、思い通りに銀の福音にダメージを与えることが出来なかった。
「な、にっ!?」
攻撃が銀の福音に届く直前に、相手はまるでこっちの動きを読んだかのように、スラスターを吹かし、後ろへ後退してその攻撃をかわした。
さらに空振りして隙を晒した一夏の懐に飛び込んで、腹部に蹴りを見舞った。
「こほっ!!」
「避けろ、一夏!!」
後方から、箒はもう一本の日本刀状ブレードで斬撃を放ち、その軌道に合わせて弧状のエネルギー刃が発生し、銀の福音へ襲う。
それが紅椿のもう一つの射撃武装「空裂」である。弧状のエネルギー刃を放つため、本来なら複数の敵をまとめて攻撃するときに使うが、銀の福音が相手だと、それもあくまで牽制用でしかない。
空裂を放った瞬間、箒も瞬時加速して一夏と同じように奇襲をかける。
「これで、もらったっ!!」
だが既に一度見た同じ手は、もう銀の福音のAIに通用しない。
まるで水中の魚のような機敏な動きで、銀の福音は距離を取って、突っ込んでくる箒へ銀の鐘を撃とうとする。
スラスターと火器を全部ウィングに纏り、あらゆる方向への急加速と回転が可能なこの機体では、これくらいの動きを同時に行うなんて容易いことだ。
「しまった!!」
「箒!!」
加速の途中では、移動方向を換えることはできない。このままでは、銀の鐘全弾を喰らってしまう。
白式が盾になろうと一夏は援護に向かってくるが、その距離では間に合わない。
唸り始めた銀の鐘の砲口に目を瞑って歯を食い縛り、箒は衝撃を覚悟する。
だが彼女が目を閉じたその瞬間に、レーダーには四つの光点が表れた。
「マキシマム・シュート!!」
「T-LINKソォォォド!!」
「レーゲン必殺砲、受けてみろ!!」
赤みの帯びた黒いビームの砲撃、剣の形をしている光の矢、そしてレールカノンによる実弾頭が一斉に銀の福音へ飛んでいく。
それらを避けるために、銀の福音は回避運動を優先し、銀の鐘を発射モーションをキャンセルして後退する。
「まったくお前ら、焦るなって言ったのに」
「クリス! 皆!!」
通信機の向こうから聞こえたお馴染みの声に目を開けて、箒は安心した表情になる。
後方から接近してきたのは、見覚えのある四つの機影だ。
エクスバイン、ズィーガー、R-1、シュヴァルツェア・レーゲン。援軍の四人の到着により、連携による波状攻撃が可能になった。六人は一度体勢を整えた後散開し、銀の福音を包囲する。
「伊達夫婦!! 砲撃をよろしく!!」
「任せろ!」
「夫婦じゃねえって!!」
クリスの指示通りに、ラウラと隆聖はそれぞれレールカノンとブーステッドライフルで銀の福音を狙い撃つ。
全方位攻撃できると言えともたったの一機、手数の多さではこっちに及ばない。精度の高い連続砲撃を緩めなければ、向こうだって回避し続けるしかない。
「レオナ!!」
「分かっているわ!」
クリスの合図に合わせて、レオナとエクスバインと違う方向から銀の福音を挟み撃ち、クリスと阿吽の呼吸で標的を丁寧に追い詰めていく。
機動性で追いつけなくても、この二人の射撃の腕では銀の福音の逃げ場を封じるには十分だ。
そしてそこで、格闘戦要員二人の出番がくる。
「一夏! 箒! やれ!!」
「ああっ!!」
「今度こそ、もらった!!」
仲間たちが作ったチャンスをものにしようと、一夏は零落白夜を発動して箒と一斉に銀の福音へ斬りかかる。
「はぁああああ!!」
裂ぱくの掛け声と共に、標的との距離を詰めた箒は二本の刀を交差して振り下ろし、隆聖とラウラの狙撃で退路を断たれた銀の福音に高熱のエネルギーを帯びた斬撃を浴びさせた。
さらに違う方向から、光の剣を振り翳した一夏が接近してくる。
「これで!!」
箒の攻撃を受けた銀の福音の腹部を目掛けて、一夏は素早く突きを放った。
エネルギーシールドを突破できる威力を持つこの零落白夜では、直接機体ごとシールドを貫けるのだろう。
だがその前に、銀の福音は反応した。
間一髪のタイミングで、銀の福音は僅かに体勢を斜めにして、胴体部への直撃を避けた。
しかし、これで完全に攻撃を避けたわけではない。その光の刃は、もっとも重要なパーツであるスラスターウイングの片方を貫通した。
「なら、この翼は貰っていく!!」
刀を握った両腕にさらに力を篭め、一夏は剣を振り下ろし、宣言通り銀の福音のスラスターウイングの片方を切り落とした。
動力を失ったウイングが墜落して海の中に落ち、機動力が半減した銀の福音は掌打を放って一夏を突き飛ばして、逃げようとする。
「逃がすかっ!!」
「焦るな! 落ち着いて、最初からもう一度仕掛ける!!」
一人で追おうとする一夏を呼び止めて、クリスは隆聖とラウラに逃がさないように狙撃を続行しろと指示する。
敵は片方のウィングを失ったことで、機動力が大幅に低下したはず。ならわざわざリスクの高い接近戦を挑まなくても、もうこの場から逃げることはできない。
「レオナ! 俺たちで……ん!?」
二人の射撃で仕留めようとレオナを呼びかけたときに、エクスバインのAIから警報音が突如に鳴り始めた。
銀の福音からの攻撃がきたわけでも、エクスバインが故障したわけでもない。
標的も含めて、この場に居る全員はこの警告音を耳にし、AIからの警告メッセージを見た後、一斉に顔を上げて上空へ注目を向けた。
「上空に、重力異常反応……?!」
その瞬間にクリス、レオナそして隆聖は直感した。
これは、新たに降りかかる災いのサイレンであると。
*
IS学園の生徒が注目を向けている青い空の中、雲の上に大気の渦――小さな局所的重力場が発生した。
何もない空間がいきなり歪み始め、そこから「穴」が開けられ、直径三メートル程まで広がっていく。
今まで見たことのない現象に、判断不能に陥った銀の福音のAIも含めて、全員はただ固唾を飲み込んで見守ることしかできなかった。
赤い光を漏らすその円環状の重力の井戸に、近くの雲があらかた吸い込まれていく。やがてその異空間から、凶悪なオーラを放つ青い機動兵器が一機、プラズマの電光を散らしながら姿を現した。
作品名:IS バニシングトルーパー 043 作家名:こもも