IS バニシングトルーパー 043
ヘルメットの中央で赤く光るV字型センサー、ブレード状のウィング、そして大型実体シールド。
「あれは……!!」
見覚えのあるその姿が視界に飛び込んだ途端に、クリスはすぐに動き出した。
漁夫の利を狙っているやつが居るだろうとは思っていたが、まさかあの厄介なやつが空間転移してくるとは。
全速で上昇して距離を詰め、グラビトンライフルの銃口を向けて新たに現れた敵の名を叫ぶ。
「メキボス……貴様か!!」
「この転移精度……やはりまだ不完全だな」
開かれた空間転移の扉から出現したのは、クリスと死闘を繰り返した強敵、メキボスのグレイターキンの姿だった。
この空域にいる七機のISを見下ろし、メキボスはグラビトンライフルの射撃をかわしながら、鼻で笑った。
グレイターキンの左肩部に取り付いているユニットから突き出している五本のブレードが、強く光って唸る。
フルパワーのチャージに時間がかかるこの武器は、空間転移装置のお蔭でチャージ中に攻撃を受けるリスクを最低限に抑えることができた。
一番厄介な銀の福音もダメージを負っている以上、この攻撃から誰も逃れられん。
――絶妙なタイミングだ。悪いが、一網打尽にさせてもらうぜ!!
「しまった! 全員、防御体勢!!」
「箒!!」
その光の意味を良く知っているクリスと一夏は真っ先に行動し、それぞれ近くにいるレオナと箒を庇うように彼女たちの前まで移動する。
「隆聖!!」
直感的に敵の危険性を理解したラウラも、体を張ってシュヴァルツェア・レーゲンと共にR-1を守るように隆聖を抱き締めた。
「無駄だ……まとめて喰らえ! サンダークラッシュ!!」
青白き雷光を纏ったグレイターキンの左腕を、メキボスは振り下ろした。
フルチャージした左肩部のユニットから、限界まで圧縮されたプラズマが一気に放出され、鋭い雷鳴の炸裂と共に、半径千メートルの空間が一瞬で光の渦流の中に巻き込む。
「「「「「うわああああっ!!!!」」」」」」
暴風であり、颶風であり、乱流であり、激流であった。
凄まじい勢いのプラズマの奔流になぶられ、灼熱と衝撃の乱撃に歯を食い縛ったクリス達は目を開けることすらできない。
耳元に鳴り響く、機体のエネルギーシールドが底を尽きかけていることを知らせてくれる警報音がさらに心の不安を煽ぐ。
こんな攻撃を、本当に耐え切れるのか? という不安を。
「ふんっ」
暴風の中央に立つメキボスは、不敵な笑みを浮べていた。
本当に捕獲したいのは白式、紅椿、そして銀の福音の三機だけだが、戦果は多いに越したことはない。
この前は油断していたから敗北したが、今回は全力で行かせて貰うぜ。
やがてサンダークラッシュによる眩しい雷光が徐々に収まっていき、大ダメージを負ったはずの標的達の姿が見えた。
「……お前ら、無事か?」
焦げ臭い匂いがする空気を吸い込み、クリスは後ろのレオナを一瞥して彼女の無事を確認しながら、他のメンバーに問いかけた。
メキボスの攻撃が来る直前にG・ウォールを張ったが、壁一枚で嵐を防ぐにはやはり無理だった。エクスバインのエネルギーシールドは消滅し、装甲の一部も消し炭と化した。
背後にいるレオナのズィーガーも、エクスバインと近い状態になっている。
「くっ……何とか。でも、エネルギーシールドが尽きた」
「こっちもだ。表面装甲のダメージも酷い」
一夏と箒の方から来た状況報告も、楽観できるものではなかった。
「おい、ラウラ!!」
「大声を出すな……私なら大丈夫だ」
弱々しい調子で隆聖の安否を訊ねたラウラに、皆は視線を向けた。
ラウラのお蔭か、隆聖とR-1のダメージは比較的に軽い。だがシュヴァルツェア・レーゲンはほぼ大破寸前だ。
大型レールカノンの形は既に完全に歪み、ヒビの走った表面装甲は粉々に砕いて、海面に落ちていく。
やがて形を維持するだけのエネルギーを失ったシュヴァルツェア・レーゲンは、自動的に光の粒子と化し、待機状態に戻った。
ISスーツ姿のラウラが海に落っこちないように、隆聖は慌てて抱き止めた。
皮膚の一部が火傷したようだが、ラウラ本人の命に別状がないのは幸いだった。
だがそんな時に、同じ大ダメージを受けたはず銀の福音は鋭い音を発した。
瞬間、黒く焦げた銀の福音の装甲から人の視覚限界を超えた大量の光芒が放出され、この場を照らす。
破損したシルバーの装甲が一瞬で修復され、銀の福音は残った片方のスラスターウィングの基部へ手を伸ばし、思いっきり引き千切って海に捨てた。
だが機動力と火力の根源であるウィングを自ら捨てるという、AIが錯乱したとしか思えない行為を成した銀の福音の背後に現れたのは、エネルギーによって構成された光の翼だった。
「二次移行(セカンドシフト)、か……あっ!」
この短時間で蓄積した戦闘データで進化を遂げた銀の福音に、メキボスが感心した呟いた直後に、銀の福音はその新しい翼を広げて、高速でこの空域から離脱して行った。
そのスピードは、さっきの万全状態よりさらに速くて、肉眼では捉えられないほどのものだった。
「……まあいい。そっちはアギーハに任せるとしょう」
空の向こうに消えて行った銀の福音から、メキボスは視線を下方にいる六人の生徒へ移った。
「さあ、学生諸君。大人しく投降して機体を渡せ」
外部スピーカーを使って、メキボスは降伏勧告を出しながら、手に持つビーム銃「メガビームバスター」の銃口を向けた。
銀の福音を逃したが、ここにはまだ六つのコアがある。限界まで消耗させたこの学生連中は、もう抵抗できる力なんて残っていないはずだ。
さあ、大人しく機体を渡せ。こっちも楽しく人殺しがしたいわけじゃないんだ。
「撤退するぞ、用意しろ」
エクスバインを駆って前に出てメキボスと対峙するように立ちながら、クリスは仲間たちに撤退指示を出した。
銀の福音はすでに見失ったし、これ以上戦闘を続行する余裕を持っている機体もない。
任務失敗だが、メキボスに機体を渡すわけには行かない。
幸いシャルたちの戦力は温存してあるし、シュヴァルツェア・レーゲン以外の機体も緊急処理すれば再出撃できる。
AMガンナーとアレも、そろそろ到着する頃だ。
何とかこの空域から離脱して拠点に戻れば、逆転はできる。
「だが、敵はこっちを見逃してくれないぞ」
隆聖に抱えられているラウラの言葉が、全員の耳朶に届き、現状を再認識させる。
現に、銃口を向けられている。迂闊に動けばすぐに撃たれる。
無論そんなこと、言われなくてもクリスは分かっていた。
この場に離脱するためには、殿を務める人間が必要だ。
短く唇を噛み締め、クリスは意を決した。
「大丈夫だ。おれにはまだ切る札がある。……ジョーカーじゃないがな」
エクスバインはもう使える状態ではないし、AMボクサーはAMガンナーを収納するために学園の整備車両に置いてきた。
だが、こういう状況のために、予め対策を用意していた。
作品名:IS バニシングトルーパー 043 作家名:こもも