IS バニシングトルーパー 043
メキボスと睨みあったままゆっくりと右腕を上げて、クリスは身に纏ったエクスバインの展開を解除した。
無論、空中でISを解除すれば、重力に引かれて海へ落ちていくのが自然。
だが海に落っこちる前に、クリスは右腕を大きく振って叫んだ。
かつての、相棒の名を。
「来い! ビルトシュバイン!!」
クリスの身は再び光の粒子に包まれ、義手の中に仕込まれたもう一機のISが姿を現す。
額部装甲のV型アンテナ、背後の六枚羽状反重力翼、左腕の円環状ビーム発生装置。装甲形状にヒュッケバインとゲシュペンストの特徴と併せ持つこの青いISは、クリスが最初に任された機体「ビルトシュバイン」だった。
ゲシュペンストとヒュッケバインの過渡機体であるビルトシュバインは、開発当時に目標スペックが高めに設定され、稼動開始からもずっと細部チューニングを受けてきたため、未だにラファール・リヴァイヴより上回る性能を誇っている。
「はああああっ!」
空中て体勢を整え、クリスはメキボスへ突進し、左腕の円環状ビーム発生装置から発生した円形のビーム刃でメキボスの首目掛けて斬りかかる。
汎用射撃武装を大量に搭載できるこの機体の唯一の固定武装「サークルザンバー」だった。円環状ビーム発生装置によって加速された粒子で形成されるビーム刃の破壊力は、ロシュセイバーなどの比ではない。
「チッ……!!」
シールドから高周波ソードを引き抜いて、メキボスはそれを迎え撃ち、鍔迫り合いに持ち込む。
「今だ! 全員、撤退しろ!!」
必死にメキボスを押えながら、クリスは仲間たちに撤退指示を出す。
万全なビルトシュバインでも、グレイターキンを倒すのはほぼ不可能だ。しかし時間稼ぎなら、十分にこなせる。
「クリス、あなた……!!」
息を飲み込んだ声は、レオナからのものだった。
その機体ではあの化け物を倒せないことくらい、彼女はよく知っている。
しかもその口ぶりだと、敵は他にも居る。
こんな戦場では、負けは死を意味する。彼一人をここに残すのは、残酷すぎる選択だ。
だがそんな彼女に、クリスはあえて厳しい言葉をかけた。
「お前の冷静さに期待しているから連れてきたんだぞ!! 履き違えるな!!」
「しかし!!」
「……必ず戻る」
「……っ!」
振り返らずにそのセリフを聞かせてくれたクリスの背中に、レオナは自分の言葉を飲み込んだ。
今のズィーガーはもう戦えない。ここに居てもただの足手纏い。
それくらい、自分でも分かっていた。
無言に、レオナは静かに振り返って、他のメンバーを連れてこの空域から離脱し始めた。
その光景を確認したクリスは小さくなずき、男子二人に通信を飛ばす。
「一夏、隆聖!! 男なら、女の子たちをちゃんと守れよ!!」
「美味しいところを持って行きやがって……わかった!」
「お前こそ、女を待たせてるのを忘れんな!」
同じ男として、クリスの決意の程を理解した一夏と隆聖は、それぞれ箒とラウラを連れて踵を返した。
二機目のISを隠し持っていたのは驚きだが、この場は彼に任せるしかない。
なにより、戦闘不能に陥ったラウラをここに居させるわけにはいかない。
「いいね! 感動的で!!」
まるで茶番の終わりを待っていたかのように、メキボスはどこか楽しそうな声でそう言い、クリスを押し返す。
「くそっ!!」
鼻の先まで迫ってきた高周波ソードの刀身に、クリスは悔しげに叫ぶ。
所詮パワー押しの力比べでは、到底グレイターキンには及ばない。もう片手でM13ショットガンを呼び出して、クリスは銃口をグレイターキンの腹部に突きつけた。
「撃たせるかよ!!」
「こはぁっ!!」
引き金を引くお前に重い衝撃がビルトシュバインの脇腹を襲い、クリスはメキボスのキックに蹴り飛ばされる。
そして距離を取ったメキボスは高周波ソードを掲げて、上を指した。
「しかしお前達地球人の野蛮人っぷりには感心したよ。ただ同類と戦争するために、同類を道具にするなんて、俺達は真似できねえぜ」
「やはり、お前は……!!」
「ふんっ……。さあ、もっと盛り上げて行こうぜ!」
「またか!!」
メキボスの剣が指した方向に目を向けると、そこには重力の井戸が、もう一度開かれた。
その歪んだ空間から、さらに見たことのないISが二機現れた。
一機は、まるで翼の生えた女騎士のような外見をしている軽装タイプISだった。
軟質素材で出来た白いスカートのような防御装備を腰に巻きつけ、真っ白で大きな羽根が羽ばたく。ピンクとホワイトの装甲が最低限に留まっており、手に弓型の武器を持っている。
外見から推測するに、恐らくは高機動射撃タイプ。
装着しているのはグラマラスな体型をしている緑ロングヘアの女性、アクセルと共に行動していたW17だった。
だがこっちを真っ直ぐに捕らえているその瞳はまるで人形のような、一切の感情を読み取れないほど虚ろなものだった。
もう一機は、さっきの機体とはまるっきり正反対の重装タイプISだった。
真っ赤な分厚い装甲に、脚部の無限軌道。水平に伸びるウィングと大型バックパックには、大量なミサイルやキャノンなどの火器を取り付いている。
この機体はヒューストン基地襲撃の時に、アステリオンを足止めした遠距離砲撃型IS「ラーズアングリフ・レイブン」だった。
こっちの装着者は精密射撃用センサー付きのヘルメットを着用しているため、容姿は確認できない。
「ではw17及びブロンゾ27。速やかに敵ISを排除しろ」
「「はいっ」」
メキボスの命令で増援の二機はすぐに散開し、グレイターキンと連携してビルトシュバインを包囲してきて、それに気付いたクリスはすぐにショットガンをマグナ・ビームライフルに切り替え、距離を取ることにした。
三機のISの相手同時にしていては、ますます離脱が困難になった。
すぐに戻るとかほざいて見たものの、離脱できるだけの機動力はない。
援軍がくるまで、持ち堪えられるのか?
いや、いっそのこと――。
「たかが三機、全員まとめて始末してやるよ!!」
「ならやって見せろ!!」
グレイターキンの腹部砲口から迸った野太いビーム、ラーズアングリフ・レイブンが発射した大量のミサイル弾幕、そして羽根つきISの弓型射撃武装による精密射撃が一斉にクリスへ襲い掛かる。
この攻勢にクリスは接近するところか、回避に専念するという選択を強いられてしまった。
とは言え、ビルトシュバインと言う機体は防御と格闘戦能力に重点を置いているため、機動性はそれほど高いものではない。
回避していくうちに、W17と呼ばれた女が放ったエネルギー矢が、次々と直撃してくる。
「うっとおしいんだよ!!」
被弾覚悟で、痺れを切らしたクリスは苛立たしい表情で、ラーズアングリフ・レイブンを狙ってマグナ・ビームライフルのトリガーを絞る。
エネルギー矢がビルトシュバインのエネルギーシールドに直撃した衝撃に構わずに、光の銃弾で飛んでくるミサイルを撃ち落とし、爆煙を変える。
作品名:IS バニシングトルーパー 043 作家名:こもも