IS バニシングトルーパー 044
由来不明の情報源から、銀の福音の位置情報だけが届いている。常に変動し続けているポイントに向かって、それぞれ二機を纏ったリンとイルムは進路を修正しつつ、気を引き締めて急行する。
イングラムの元で働くのはもう長年経っているが、こうして二人同時にISを展開して戦うチャンスが実は片手の指で数え切れる程しかなかった。
しかしそれでも、このベテランコンビは互いの実力を微塵も疑ってはいない。
「この情報、信用していいのか? 発信源はいまいち特定できないが」
「かまわん。どうせ他に当てもないんだ。罠だったらまとめてぶっ潰すまで」
リンからの質問を、イルムは拳を握り締め、気の立った険しい声で返事した。
「少し冷静になれ。敵の目的は恐らく、銀の福音の捕獲だけではない」
「分かって……っ!!」
会話を最後まで続けるだけ時間は、イルムとリンに与えられなかった。
イルムが言葉が終わる直前に、二人の前方上空からエネルギー反応が探知されたのだ。
それに気付いた時二人は反射的に散開し、襲いかかってくる攻撃の射線から回避した後、振り返った。
直後に、幾筋かの槍状ビームが一瞬前まで居た場所を掠って行ったのを、二人は確認した。
「……敵機確認。数2」
上空から、羽の生えた女騎士IS「アンジュルグ」が舞い降りて、その鎧の主である女性は左腕の小型銃口付きのシールドを下げて、無表情のままイルムとリンと対峙した。
既にその機体と一回だけ会ったことあるリンは、すぐにマグナビームライフルを呼び出して身構えた。
「お前は……!!」
その機械のような不自然な振る舞いをする緑髪の女性――W17に見覚えのあるイルムは一瞬目を大きく見開いて、すぐ何か合点がいったような表情して彼女を睨み付けた。
この女のことはちゃんと覚えている。あのアクセルの部下だ。
やはり、あの連中が今回の件に絡んでいる。
なら、今度こそ後腐れもなく、確実に息の根を止めてやる。
「……アクセルの野郎は、ここに居るのか」
「ここを通すわけにはいかない。迎撃行動に移る」
「ああっ、そうかい!」
肘を真うしろにひいて、右拳を脇腹に構えるイルムの殺気立った言葉に、W17は相変わらず冷静というより、感情のない表情でクリスを仕留めた時に使ったレイピアを縦に構えた。
一瞬で広がった一触即発の殺戮とした空気の中、リンも無言にW17に照準を合わせながら、周囲を警戒する。
敵は三機が居たのに、なぜ一機だけがこの場に残ったのが、不自然に思えたからだ。
しかしこの問題は、上空に起きた新たな変化によって答えを示された。
「この重力震パターンは……!?」
ハイパーセンサーの観測データを一瞥して、リンはW17と対峙しているイルムの背後に立ち、その異常現象が発生した場所へ注目を向けた。
あれは、メキボスやW17がこの区域に侵入した時のと同じ現状だった。
雲の中から重力の渦が再び現れ、異空間と繋ぐ扉がもう一度開かれ、そこからさらに一機のISが現れてくる。
「人形風情が。誰の許しを得て、あの男に手を出す!?」
「……アクセル隊長」
筋肉隆々な人間らしいラインをしている装甲に、髭のようなアンテナが付いているフェイスガード。そのスカイブルー色のISを纏った赤髪の男が、やや高揚気味な声で言葉を言い放った。
空間転移の扉の向こうから現れたのは、ヒューストン基地でイルムと交戦した男――アクセル・アルマーとその愛機、アークゲインだった。
敗北の屈辱を忘れないためか、既に修復されたアークゲインの胸部装甲に、イルムに刻まれた十文字の痕跡が未だにはっきりと見える。
そしてこの戦場に乱入してきた彼と、W17は剣を構えたまま一歩引いて肩を並べた。
「性懲りもなく、また出てきたか。アクセル・アルマー!!」
狙う標的をW17からアクセルに変え、イルムは拳を構え直してアクセルに話しかけた。そして空間転移の扉が閉じ、これ以上の増援はないと確認したリンも、イルムの隣に立った。
アクセル・W17対イルム・リンの場面が、こうして形成された。
「必要だから出たまでだ。……これがな」
アークゲインの両手で作った握り拳を構え、アクセルは深呼吸してイルムと視線を合わし、返事した。
倒し甲斐のある強敵の出現を待っていたが、この男なら相手にとって不足なしだ。
因縁めいたものを感じるが、それこそ正しい戦場だ。
「必要、だと……?!」
「ああ、そうさ。正しい戦争をするため、まずはバランスを作り直する。必要なことだ」
無論コアの奪取も新型の捕獲も、その一環でしかない。
世界のバランスを破壊し尽くす“あの男”がいる向こう側の二の舞は、もうごめんだ。
「戦争戦争って……貴様は戦争しかやることがないのか!」
「その通りだ。戦場でしか生きられないからさ。俺も、貴様もな!!」
「貴様と一緒にするな!!」
アクセルのふざけた言葉に逆鱗を触れられ、イルムは雷鳴のような怒鳴り声を出して、アクセルを黙らせた。
その赤い瞳に秘められているマグマのような怒りは、すでに限界まで高まり、爆発寸前まで来ている。
昨日まで若い子たちと一緒に楽しく遊んでた。皆は心から嬉しい笑顔を見せてくれた。
今日も、楽しい一日になるはずだった。
それが今では一人が意識不明になり、二人が涙を流し、他のやつらも命を危険に晒す戦場に駆り出された。
なのにこれ以上、もっとたくさんの笑顔を奪うというのか!!
「もういい。弟分が世話になった。この落とし前だけは、キッチリ付けさせて貰う!!」
どれほど言葉を重ね合おうと無駄だ。所詮彼の理念は容認できるものではなく、分かり合えるはずもない。
「ふんっ。誰のことだか知らんが、我らの邪魔はさせん。これがな!!」
ならば意地を拳に乗せ、相手を倒して己の正しさを証明するしかない。それが、戦場の唯一のルールだ。
グルンガストの右腕部に内臓されたブースターが吼えだし、アークゲインの右腕は高速に回転し始める。
そして、同じタイミングで二人は接近せずにそのまま拳を振り出した。
「喰らえ! ブーストナックル!!」
「はああっ! 玄武鋼弾!!」
蒼い火の尾を引いて飛び出す二つの鉄拳が空中でぶつかり、重い衝突音が響き渡り、強風が激しく吹き荒れる。
乱れた気流の中、二人は腕部装甲が戻ってくるまで待てずに突進し、もう片方の拳を相手の顔にお見舞いする。
「うおおおおおっ!!」
「てぃやああああっ!!」
パンチ、キック、肘打ち、膝蹴り。
あらゆる打撃方法を使って連撃を繰り出し、相手を叩き潰そうと全力でぶつける。
二度目の交戦で、既に相手の技量の高さを知っている二人は小手調べなどまどろこしいことはしない。
ただ放った一撃一撃には相手を倒そうとする意地だけを篭める。
接近戦用パワーファイターである二機による本気の殴りあい。その余波だけで切り裂かれた空気が振動し、轟く爆音が海面に荒々しい波紋を起こす。
「隊長っ」
「させるか!!」
作品名:IS バニシングトルーパー 044 作家名:こもも