IS バニシングトルーパー 044
アクセルに助太刀しようとして二人の間に飛び込むW17に、リンは環状ブーメラン「リープ・スラッシャー」を投げつけて彼女の進路を遮り、さらにマグナビームライフルを連射して彼女を男二人から駆除する。
「男の戦いに割り込むなんて、無粋な女だな!」
「戦場に男も女もない。必要なのは、任務を効率よく実行する兵士だ」
相変わらず無感情の口調でリンの言葉に返事をして、W17は接近して非実体剣のレイピアで斬りつけた。
それをリンは左手のロシュセイバーで受け止め、相手の無機質な瞳を覗き込みながら不敵な笑みを口元に浮かべた。
「お生憎兵士じゃない。悪いが、イルムがあの赤毛を倒すまで、邪魔はさせん!」
「彼の勝利を、確信するか」
「当然だ。イルムは私以外の人間に、負けるはずがない。貴様の相手は、この私だ!」
「無謀な。さっきの兵器はもう使わせない」
ブラックホールキャノンを使わせなければ、アンジュルグの方が圧倒的に有利だ。W17は、そう考えて接近戦を挑んだ。
けれど、それはあくまで機体特性上の話でしかない。
「なめるな!!」
「……っ!!」
そう叫んだリンは左腕に力を篭めて一気にW17を押し返し、腹部に足裏を叩きつけて蹴り飛ばした。
そしてロシュセイバーを素早く振り、リンは体勢を立て直したW17にマグナビームライフルの銃口を向け、冷酷な目で彼女見下ろした。
「このリン・マオを甘く見たこと、後悔してもらおう!」
*
イルムとリンがアクセルとW17と交戦状態に入った頃に、海岸を発った八つの機影があった。
緊急修理と補給を済ませて再出撃したIS学園の学生達だった。
銀の福音の現在所在位置を目的地に、八機のISが安定したスピードで前進する。
だが、千冬の独断で作戦目標は銀の福音の捕獲から、敵に銀の福音を奪われないように牽制することに変更された。
30分内に、何とかする。それまでは無理しない範囲で戦え。
そう、千冬は生徒達に約束したのだ。
「各機へ。敵機影を確認するまでフォーメーションを維持して前進。通常通信が上手く機能しないため、互いの状態を確認できるよう、コアネットワークチャンネルは常に開けて置け」
部隊の指揮をしているのは、後衛ポジションにいる銀髪少女――ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だった。
敵に複数が入ると分かった以上、戦力を分断させるよりも、一緒にいる方がリスクが低いと判断したのだ。
前衛ポジションにあるのは接近戦用の白式、紅椿、そしてR-1。
そして中盤ポジションには、万能機のラファール・リヴァイヴ・カスタムSP、甲龍、ズィーガーがある。
さらに後衛ポジションについたのは、遠距離射撃に長けたブルー・ディアーズと、ラウラが借りてきたR-2パワード。
その中、セシリアのブルー・ディアーズと鈴の甲龍は既にパワーアップを果たし、新しい姿を見せている。
ビット六枚を全部砲口を封じて腰部に接続し、推進力に回すことで一撃離脱の戦法を得意とする、ブルー・ディアーズの強襲離脱用高機動パッケージ「ストライク・ガンナー」。
両肩の衝撃砲「龍咆」を四門まで増やし、不可視の衝撃弾を炎弾に換えて攻撃力を向上させた甲龍の攻撃特化パッケージ「崩山」。
しかし、いくら機体性能が強化されたとは言え、これは下手すれば怪我だけじゃ済まない実戦。二人は敏感に周囲の変化に気を配り、警戒心を限界まで強めていた。
「ラウラ、調子はどうだ? 大丈夫か?」
「問題ない。癖はあるが、使いこなしてみせる」
ブーステッドライフルを構えて前進しているR-1から、隆聖の心配そうな声が耳元に届き、海面でホバー移動しているラウラはそう返事した。
R-1のスマートなシルエットおと対照的に、R-2パワードはいかにも鈍重そうな体型をしている。シンプルで分厚い装甲の面は基本的に四角形に統一され、機体全体の幅も広い。肩部の両側に大型ショルダー・アーマーが二枚取り付かれ、左腕にはビームシールド展開装置を備えているため、申し分のない防御能力を所有している。
さらに火力面には汎用武器のマグナビームライフル、右腕の近中距離用ビーム切断武器「有線式ビームチャクラム」、そして背部バックパックと接続している、十の砲口を持つ重金属粒子砲「ハイゾルランチャー」を備えるため、中遠距離砲撃戦においては敵の射程距離外(アウトレンジ)からビームの豪雨を降らせることができる。
(いい機体だが、単機での運用は難しいだろうな)
視界に表示されている機体稼動データに目をやりつつ、ラウラは心の中でそう呟いた。
確かに彼女の言ったとおり、R-2は砲撃力と防御力を重視した結果、機動力がかなり低くて格闘戦が苦手のため、敵との間合いと戦局全体を正確に見極める技量がなければ、苦戦を強いられることになる。
とは言え、R-1、R-3との連携運用を前提に開発されたR-2が単機で戦う場面なんて、滅多にないのだろう。
しかし心配そう表情を変えない隆聖は、軽く頭を横に振った。
自分を庇ったラウラの顔に未だに張られているガーゼを見ると、心が痛く感じる。
「R-2のことじゃねえ。お前のことだよ」
「……き、貴様は自分の心配だけをしていろ。私はこれでも体は頑丈の方だ」
そんな彼の心配に一瞬だけ目を大きく見開いて頬を染め、ラウラは安心させるように自信たっぷりな笑顔を口元に浮べ、R-2の手を軽く振ってみた。
「……もうさっきみたいのはなしだぞ。お前は女の子だ。俺に守らせろ」
自分でも臭いと思ったのか、それだけを言って、隆聖は通信を切った。
そしてR-1の背中を眺めて、ラウラは一瞬嬉しそうに顔をにやけた後、すぐに軽く咳払いして冷静な表情に戻った。
作戦中だ。浮かれてはいけない。
「敵機確認しました。銀の福音を除いて全部四つ。うち二機はクリスさんの戦闘記録にあった機体ですが、もう二機は新型の様です」
ストライク・ガンナーの超感度ハイパーセンサーで、最初に敵を探知できたセシリアから、そんな通信が全員に届いた。
直に、他の機体のセンサーもその五つの反応を捕捉できた。
「各機へ。敵は既に銀の福音との戦いで消耗しており、数もこっちの方が有利だ。落ち着いて対応すれば問題なく勝てるはずだ。仕掛けるぞ!!」
指揮を取るラウラは顔を引き締め、はっきりとした声で全員へ激励の言葉を飛ばした。
正直、二次移行した銀の福音と敵の新型二機の力はまた未知数。だが指揮を任された以上、弱気を見えるわけには行かない。
「収束モード、ターゲットロック!」
一番動き鈍そうな敵ISに照準を合わせて、R-2パワードが担ぐ重金属粒子砲口が低く唸り始めた。そしてチャージが完了したを知らせる小さな提示音が響いた後、ラウラはすぐに脳波を通してAIに攻撃指令を出した。
「ハイゾルランチャー、受けてみろ!!」
十門の砲口から、灼熱する熱線が凄まじい勢いで飛び出し、標的へ突き刺さっていくのだった。
*
オーロラのような、幻想的な光に満ちた虚空の中、銀髪少年一人が悄然と歩いていた。
作品名:IS バニシングトルーパー 044 作家名:こもも