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IS  バニシングトルーパー 045

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 「目の前に集中して!」
 耳朶を打つ凜とした叱りの言葉と共に、蒼と黒のツートンカラーのISが紅椿と弾丸雨の間に割り込んだ。
 明るい金色の髪を揺らし、そのISの操縦者は機体の前方に見えない重力の壁を展開した。大量のビーム弾丸がそこにぶつかり、爆竹のような盛大な爆音を上げた。

 「しっかりしなさい!」
 「……っ!」
 銀の福音の攻撃を凌ぎきった後、レオナは振り返って箒に叱責の言葉をかけた。
 その厳しい目線に、箒は返事の言葉を飲み込む。

 「気持ちは分かるけど、あなたまで落ちたらどうする!」
 「けど……っ!」
 一夏に何があったら私はもう戦えない、と言いかけた箒の言葉を、レオナの怒りを滲ませた大声によって遮られた。

 「彼を信じなさい!」
 「えっ……!?」
 「男はそんなやわなものじゃないわ!!」
 箒の目を見て、レオナは確信を持った口調でそんなセリフを口にした。

 この言葉は、レオナが自分に言い聞かせるための言葉でもあった。
 同じ女として、箒の気持ちは理解できるし、自分と似ている部分があるのも感じる。
 だからこそ、彼女に心の強さを持って欲しいと思った。
 

 けれどそんな二人の会話を邪魔したのは、残虐めいた笑い声と若い男の言葉だった。
 その言葉を聞こえた学生全員が思わず自分の耳を疑い、訝しげに目を大きく見開いたのだった。
 

 「学生諸君に告ぐ。今すぐ抵抗を止め、ISを渡せ。さもないと……仲間がどうなっても知らねえぞ?」


 *


 「もう一度だけ言う。さっさとこっちに来てISを渡せ。気が短いんだよ、俺は」

 生徒達に脅迫な通信を送ったのは、箒たちと離れた空域でシャルと交戦していた、メキボスによるものだった。
 リボルビング・バンカーを構え、歯噛みしながら悔しげな視線で睨みつけてくるシャルを眺めて、メキボスは不敵な笑みを浮べた。
 彼の手には、酷く損傷したブルーディアーズの主――セシリアの細い首を握っている。
 満身創痍のセシリアは苦しげに呻きながら、四肢が無力にもがく。

 「まったく無理しちゃって。お友達が大事かい?」
 まるで捕らえた獲物を玩具にしているように、メキボスは拘束した蒼いISのスカート状スラスターを高周波ソードで破壊していきながら、愉快そうな口調で話しかける。
 グレイターキンの後方にいるラーズアングリフを操る少女は彼の卑怯とも言える行動に戸惑ったか、砲撃を緩めている。

 「まあ俺としては、人質として使えるのなら、どっちでもかまわねえけどさ」
 「ううっ……!!」
 「セシリア!!」
 その無機質な手に首を握りつぶされそうになるセシリアに、シャルは心配そうな声で彼女を名を呼ぶ。
 彼女の助けがなければ、今その位置にいるのは自分だった。
 迂闊だった自分のせいで、セシリアの命が危険に晒されている。
 それなのに、今は彼女を助ける方法すら思いつかない。

 「さあ、さっさと機体を渡せ。野蛮人でも、分別くらいあるんだろう?」
 「シャル……ロットさん、わたくしに……かまわ、ないで」
 メキボスに拘束されながらも、セシリアは辛うじて喉から言葉を搾り出して、シャルの助けようとする意志を拒絶する。
 自分のために全員が機体を渡したら、それこそ最後だ。
 だから決して、彼の脅迫に屈してはならない。

 「撃って……! 彼らの、要求を……聞いては、なりません……!」
 「セシリア……」
 息を飲み込みながらも、シャルはセシリアの言葉から固い決意を感じた。
 数瞬、沈黙が続いた。

 「分かったよ、セシリア」
 やがて、シャルは両手に光の粒子を集束させ、大型の銃器を呼び出して、セシリアを盾にしているメキボスに銃口を向けた。
 オオミヤ博士から渡された、メガバスターキャノンの試作品である「試作型ビームキャノン」だった。

 「シャルロット、状況はどうなっている」
 「皆は戦闘を続行して。こっちは私……私たちが必ずなんとかする」
 「……分かった。任せる」
 コアネットワークチャンネルから聞こえたラウラの質問に、シャルが淡々とそう返事して、トリガーに指をかけた。
 彼女の迷いのない目を見て、セシリアは苦しげな表情をしながらも淡い微笑みを浮べ、瞼を閉じた。
 そしてそんな彼女たちの行動を目にしたメキボスは、舌打ちして眉を顰めた。

 「おい、助けてくれたお友達を撃つのか?」
 「……女の覚悟を、甘く見ないで」
 異常な程に冷静な声で、シャルはメキボスに返事をした。
 そうだ。悪党の脅迫に一度でも屈したら、皆の努力もセシリアの覚悟も、全ては無駄になる。
 セシリアはただ、クリスを傷付けた敵を倒すことが、数少ない彼のために出来ることだから、覚悟を決めた。
 だから、たとえクリスに嫌われる結果になろうとも、彼女の覚悟に水を差すような真似はしない。

 「……本気かっ」
 シャルの澄んだ瞳に秘められている断固とした決意を、メキボスは本能的に感じ取り、思わず固唾を飲み込んだ。
 拘束しているセシリアからも、まったく怯えている気配を感じない。
 彼女は、死を恐れないというのか? 
 ただ好きな男のために、死の恐怖すら超えられるというのか?
 殺しあうことしか考えない蛮族だと思っていた地球人は、なぜそんなことができる。
 ここまで軍事技術が発展しても、地球人が未だに滅びないこの現状と、関係があるのか?
 これは、調べる必要があるかもしれねえな。

 「だが、この女を犠牲にした所で、お前達の敗北は変わらんぞ」
 「それは……どうかな!」
 突如に背後から聞こえた、聞き覚えのある少年の声と共に、両腕から伝わる激痛がメキボスを襲った。
 それは、シャルからの攻撃に痛みものでなく、背後にいきなり現れたものが刺してきたナイフによる痛みだった。

 「なにっ……!?」
 「セシリアを、返してもらう!!」
 驚きの声を上げながら振り返った矢先に、胴体が鋭い衝撃に貫かれ、グレイターキンは吹き飛ばされていく。 
 同時に、拘束していた人質も奪い返された。

 「……っ!!」
 この場で聞こえるはずもない声を聞いて、シャルは驚きながら口元を押さえ、出そうになっている涙を我慢する。
 ――意識が戻った彼が、来てくれた!

 空中でいきなり現れたのは、五メートル前後の大きさを持つ円環状の“扉(ゲート)”だった。
 白い円環の中心部に輝く海のような蒼い光から腕なけを伸ばしてきた一機のISが、ゆっくりと全貌を晒していく。
 額部のV型ブレードアンテナに、スマートで直線的なフォルムを持つダークブルー色の装甲。エクスバインとよく似たそのISは、まさに正統な凶鳥の血筋を引く最新型IS「ヒュッケバインMK-III」であった。
 各細部がエクスバインよりさらに簡潔に、背部のバックパックがミサイルコンテナ付きのタイプに換装され、全体的に力溢れる印象を人に与えている。
 役を終えた空間転移の扉が、蜃気楼のように空気の中に消えていった。
 けどそこから完全に抜け出してきたヒュッケバインMK-IIIは消えずに、この場にいる全員の視野にしっかりと映りこむ。