IS バニシングトルーパー 045
ヒュッケバインMK-IIIを纏った、意識不明だっただずの銀髪少年は大きく呼吸して、酸素を肺に取り込む。
「はぁ……はぁ……空間レベルの接続だけでも、意外ときついな……」
「クリスさん……!!」
少年の腕の中にいるセシリアはその温かい胸板に抱き付き、嬉しそうな笑顔を咲かせながら目尻から僅かな雫をこぼして行く。
「待たせて、すまなかった」
泣いた子供をあやすように、クリスはセシリアの頭に手を乗せながら、後方にいるシャルに微笑みかけた。
今までよく頑張った、もう大丈夫だと、心の中で二人に感謝しながら。
「クリス……!」
魔法使いのように現れてくれた恋人に抱き付きたい衝動を抑えて、シャルは喜びながらもも心配そう表情を浮べてクリスと肩を並べた。
数十分前まで意識不明だったのに、いきなり回復なんてあり得ない。
無理をしているに決まっている。
案の定、クリスの顔色が悪いし、額から首まで汗だらけで、表情も微妙に苦しそうに見える。
「新型で登場かい。劇的じゃねえか」
「……時間がない。さっさと消えてもらう」
傷だらけのセシリアをシャルに任せて、クリスは興味津々にヒュッケバインMK-IIIを眺めるメキボスと対峙した。
鎮痛剤の効果には限界がある。いつまで感動的なシーンを演出している暇はない。
愛用の武器、ファングスラッシャーを震えた手で握り締め、クリスは動き出す。
「さあ、反撃開始だ!!」
*
「クリスが来た?!」
「意識が戻ったのか!」
クリスがこの戦場に来たことに気付き、敵と交戦中の仲間たちは喜びに体を震わす。
敗北の色が濃くなって来たこの戦況で、よくも真打ち登場の演出をやってくれた。
だが彼女たちはまだ知らない。
この戦場には、さらに規格外の戦力が増援として来ていたことを。
「こっちも負けちゃいられねえ! ブーストハンマー!!」
隆聖とラウラが敵と交戦している洋島の上で、二つのとげ付き鉄球が激突した。
トリコロールカラー、そして明るい緑色の重装ISの間に凄まじい爆音が轟き、R-1が繰り出したブーストハンマーが粉々に粉砕され、爆砕した金属の塊が飛び散る。
煙の中から、心なしかR-1と同じくらい大きい鉄球が飛び出し、隆聖へ飛んでいく。
回避が間に合わずに、隆聖はダメージを覚悟してR-1専用のシールドを前へ突き出すが、後方から野太い粒子ビームが敵のハンマーに直撃して、爆散させた。
後方からの、R-2パワードによる支援射撃だった。
「……っ」
ハンマーを失ったドルーキンは地面を蹴って、ラウラの砲撃を浴びながら鉄棒を両手で構え、隆聖へ接近していく。
対して、隆聖は両手にエネルギーを集中させて、脳内で剣の形をイメージする。
相手が既に目の前まら迫って来ている。エネルギーの残量はもう少ないが、出し惜しみする気はない。
鉄棒を振り下ろしてくるドルーキンに、隆聖は緑色に輝く両手を前へ突き出す。
だが彼が天上天下念動破砕剣を撃ちだす前に、聞き覚えのある渋い男性の雄叫びが戦闘空域全体に響き渡った。
「究極!! ゲシュペンストキックァァァ!!」
「……っ!!」
迫力のある叫び声と共に、上空から何かが降りてきて、ドルーキンに直撃にして炸裂した。そこから生じた凄まじい風圧と衝撃音に、隆聖は反射的に後方へ跳ぶ。
今までどんな攻撃を受けても動じなかったドルーキンはその一撃を喰らって、上半身のバランスが崩れて数歩後ろへ下がっていき、何とか倒れずに踏み止まった。
「攻撃とは、こうやるものだ!」
「お前は……!」
空中回転して着陸し、ドルーキンと対峙した乱入者の後姿を見て、隆聖は大きく目を見開いて驚き声を上げた。
青色の量産機と黒色のカーウァイ大佐機とも違うアーミーグリーンの塗装を施しいる上に、一般機が一基しか装着しないプラズマ・バックラーを両腕にそれぞれ一基で合計二基を装備しており、額部には通信機能を強化するための角を装着していても、目の前にあるこのウサミミのようなブレードアンテナと武骨なフォルムをした装甲を持つ機体は、アメリカ製の量産IS「量産型ゲシュペンストMK-II改」であることくらい、隆聖でも分かる。
しかし、隆聖が驚愕を感じた理由はいきなり現れたこの機体ではなく、パイロットの方である。
「開さん!!」
「馬鹿者! 少佐と呼べ! 少佐と!!」
厳しくて軍人らしい口調で、アーミーグリーンの量産型ゲシュペンストMK-II改の操縦者――北村開は隆聖に呼び方を訂正させた。
そして両手を手刀にして構え、開の両眼はドルーキンを真っ直ぐに捉えた。
ゲシュペンストの両腕のプラズマステークから、スパークが散る。
「確かに硬そうなやつだが、相手を倒す手段は何も叩くだけではない。今から手本を見せてやる。しっかり見ておけ!」
同時刻、この区域の空中に灼熱する泡沫が浮んでは消えていく。
雲の下で乱舞しているその光条と弾頭は、高機動戦を繰り広げている五機のISによるものだった。
手当たり次第で相手を攻撃する銀の福音、それを簡単に回避して反撃するシルベルヴィント、そして弾幕の中で必死に抵抗する紅椿、ズィーガー、甲龍。
三方のスピードの差が歴然としている以上、学生組の敗北はもはや時間の問題。
しかしよりにもよってそんな時、学生達にとってのさらに悩みの種が海の方に現れた。
「各機へ。近くに漁船が紛れ込んだわ!」
「なにっ?!」
「そんな! 封鎖されているはずなのに!」
下方の海域に突然現れた、情報のない漁船の存在に気付いたレオナがこの事実を近くにいる二人に告げると、箒と鈴は一斉に下方の海面に注目を向けた。
レオナの言う通り、下の方には小さな漁船が浮んでいた。甲板の上で、ここが戦闘空域だと気づいてパニックに陥った数人の男の姿を確認できた。
しかしここは禁漁区域であり、封鎖もされている。
つまり、あの漁船は密漁船であり、あの男達は犯罪者ということになる。
「攻撃が来るわ!」
「「……っ!!」」
レオナの警告が鈴と箒の注意力を呼び戻す。
機体前方に視線を戻して、二人は表情を強張らせる。
銀の福音がばら撒いてきたエネルギー弾丸が、一斉に襲い掛かってくる。
すぐさま箒は回避行動を取り、レオナと鈴は一瞬だけ唇を咬み、そして急降下して密漁船へ接近していく。
「お前達、あんな連中を助ける気か!?」
敵の攻撃をかわしながら、箒は二人の行動を見て意外そうに目を見開いて問いかける。
身の安全を守ることだけで精一杯なのに、この二人はまさか犯罪者たちの盾になる気か!?
「一発でも当ったら大惨事なのよ!」
「民間人を守ることこそ、軍人の仕事!」
箒の問いに、鈴とレオナは各自の行動理由を明かし、密漁船へ疾駆する。
この角度だと、流れ弾によって漁船が蜂の巣にされる可能性が高い。
密猟者どもは確かに犯罪者だが、それを裁く権利を自分達にはない。それに、見殺しにすることはできない。
全速を出してても、とても間に合うようには見えないが、鈴とレオナは諦めない。
作品名:IS バニシングトルーパー 045 作家名:こもも