IS バニシングトルーパー 046
トロニウムとは、イングラムが黒き天使の残骸から入手した四つのエネルギー鉱石のことである。米粒大ほどの大きさながら膨大なエネルギーを引きだすことが可能で、時間単位のエネルギー変換量においては計測不可能になっている。その鉱石を用いて製造した動力炉が、「トロニウム・エンジン」と呼ばれている。
この「トロニウム・エンジン」のお蔭で、ヒュッケバインMK-IIIは現存するすべてISの中でもトップクラスの出力を誇っているが、いかんせん出力が高すぎて出力調整が難しく、リミッターでもかけなければ、一人の人間がマニュアルで調整しながら戦うのは極めて困難。
そういう理由からして、ヒュッケバインMK-IIIはパイロットが念動力者であることを前提にして、T-LINKシステムを介して出力を調整するように再設計された。
むちろん、高い出力を持つ機体には、それを思う存分発揮できる装備が必要だ。
一つは、エクスバインで運用されていた近接格闘戦用パッケージ「AMボクサー」。
そしてもう一つは、今クリスが使用している高機動砲撃戦用パッケージ「AMガンナー」であった。
全長六メートル以上の戦闘艇のような外見をしている「AMガンナー」は、後方に集中配置された高出力バーニアによる大推進力と、大型ミサイルコンテナや四門のGインパクトキャノンによる高い遠距離攻撃力を持つ。ヒュッケバインMK-IIIを装着したパイロットはそれに乗り込む形でドッキングし、「ヒュッケバインガンナー」と呼ばれる形態で運用する。
「厄介なもんを……!!」
あらゆる方向から追いついてくるミサイルに、メキボスはやむなく加速しながら、振り返ってビームメガバスターで迎撃し、ミサイルを小さな火球へ変えていく。
しかし機体を急停止した瞬間に、まるでこのタイミングを読んだかのように高速回転する十字型のブーメランが空気を切り裂きながら襲い掛かり、グレイターキンの肩部にあるサンダー・クラッシュのチャージユニットを抉り取り、切断した。
「この野郎……!!」
「撃たせるか!」
片手でAMガンナーの操縦桿を倒してヒュッケバインガンナーを傾けて回頭させ、クリスはもう片手でグラビトンライフルを構えて、メキボスが向けてくるメガビームバスター目掛けてトリガーを引く。
トロニウム・エンジンによって威力が大幅に上昇し、ジャージ時間も短縮されたグラビトンライフルの銃口から圧縮された重力子ビームが噴出されて、メキボスの銃を撃ち抜いた。
爆散したメガビームバスターを捨てて、メキボスは高速に飛び回るヒュッケバインガンナーを忌々しげに眺めて呟く。
「ちっ、流れが悪いな……」
残りの武器は高周波ソードとフォトンビーム砲、どっちにしてもあの機動力を持った相手に通用しそうにない。
あの機体を入手したい所だが、どうやら無理のようだ。
そろそろ潮時だな。後はうちのリーダー(笑)に任せよう。
「後退する。ブロンゾ27、援護を」
「……はい」
メキボスに命じられ、ラーズアングリフを駆ける銀髪蒼眼の少女は前に出てヒュッケバインガンナーを迎撃する。
そしてグレイターキンは静かに戦場に背を向けて、離脱していく。
「逃がさん!!」
メキボスが逃げていくのに気付き、クリスはヒュッケバインガンナーを加速させて追撃する。
厄介な敵は、仕留められる時に必ず仕留めておく。
このヒュッケバインガンナーから、逃げられると思うな!
「セイフティ解除、チャージ開始!」
T-LINKシステムを通してクリスが機体AIに下した指令で、トロニウム・エンジンの出力が上がっていき、AMガンナーの前方へ突き出している四門のGインパクトキャノンが低く唸り始める。
遠距離砲撃に特化したT-LINKセンサーで、第三の凶鳥は既にグレイターキンという獲物に狙いを定めている。
しかしチャージを終わる前に、後下方から追尾してくる数枚の大型ミサイルと共に、実体砲弾が空気と摩擦する音を立てながらヒュッケバインガンナーへ飛んでくる。
「あいつか!?」
高度を上げながら攻撃をかわし、クリスはその攻撃の元に目を向ける。
海面の上で、赤い重装砲台ラーズアングリフの右背部に折り畳まれていた長身リニアカノンを担ぎ、ゼオラ・シュバイツァーと言う名の少女は高速に移動し続けるヒュッケバインガンナーを狙撃する。
メキボスに殿を任されて、必死に任務を全うしようとする彼女の苦しげな表情が瞳に映る。
そうだ。コイツを捕獲しておくって話だった。
小さくなっていくグレイターキンの後姿を一瞥し、クリスは軽く舌打して一旦メキボスの追撃を諦め、素早く回頭した。
しかし捨て駒みたいに使われているこの少女を降伏させるなら、言葉だけでは恐らく効果が薄い。なら手取りばやく、撃墜してからゆっくり話し合おうではないか。
低空飛行して海面を切り裂き、クリスはゼオラに向って真っ直ぐに前進する。
「T-LINKコンタクト、念動集中……」
脳内にイメージしながら、クリスはグラビトンライフルを前へ構え、迷わずトリガーを引いた。
ヒュッケバインガンナーへの直撃コースを駆けてくる砲弾とミサイルを一瞬で飲み込み、赤みのかかったビームがラーズアングリフに直撃する。
「きゃああああ!!」
重力子に衝撃され、ゼオラが悲鳴を上げる。
爆散したミサイルの黒煙からクリスが飛び出して、これをチャンスにAMガンナーの念動力集束装置を作動させた。
「大人しくしろよ?!」
ヒュッケバインガンナーにある四門のGインパクトキャノンの一門が鋭い音を立てて、極細い重力ビームを吐き出す。
大ダメージを受けたラーズアングリフに、重力子を限界まで圧縮したまま射出したその赤く光る重力の糸が迫った。
しかし、あれが直接ゼオラの機体に突き刺さることはなかった。
「これは……?!」
自分の目を疑わせるほどの不可解現象に、ゼオラは驚きの声を上げた。
信じられないことに、その重力ビームはまるで意識を持っているかのように、直線の形でゼオラに接近した後に形状を変えた。
ラーズアングリフを囲むように重力ビームは曲がって、一瞬で環状となる。
「なっ!」
更に一気に収縮して、機体ごとゼオラを縛り付て拘束した。
この重力波のリングにシールドバリアが耐え切れず、ラーズアングリフの表面装甲が圧壊されていき、激痛がゼオラの体に走る。
そして酷使している脳を刺激する鋭い痛みを我慢しつつ、クリスは機体を大きく傾けて、空いた手を差し伸べた。
「グラビティ・リング!!」
「きゃああああ!!」
クリスの念動力によって形を保っていた重力の環が爆散し、ゼロ距離から叩き付けられた重力の衝撃にラーズアングリフはついに形を失い光の粒子と化す。
そして分厚い鎧が剥がれた後、中にいる華奢な少女が無防備に姿を晒した。
「そん、な……」
激痛と眩暈と閃光に一斉に襲われ、ゼオラの意識がぼやけていく。
一生懸命に頑張ったのに、それでも相手にはかなわなかった。
――任務失敗。
今、もっとも見たくない展開へ繋ぐ恐ろしい単語が、頭をよぎって行く。
作品名:IS バニシングトルーパー 046 作家名:こもも