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IS  バニシングトルーパー 046

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 意識が朦朧していく中、誰かに腕を引っ張られた感じがして、僅かな衝撃がゼオラの肩に走った。
 彼女が海に落っこちる前に、横を通ってその細い腕を掴み、彼女の体を引っ張り上げたクリスによるものだった。
 膝の上に乗せて、クリスは彼女をAMガンナーの上に伏させる。

 「お姉様……」
 少年の腕の中、気絶した少女は口から細い呻き声を漏す。
 そんな彼女の顔を一瞥し、クリスは進路を修正して少し離れた所にいるシャルの元へ向かった。
 どんな事情だろうと、今は聞く暇がない。海に放り込むわけにも行かないし、抱えたままでは追撃の邪魔になる。
 シャルたちに任せるのが一番適切だろう。
 しかし、この僅かなの寂寥は、突然鳴り響いた電子警告音によって、打ち破られた。

 「新手……?!」
 下方から接近してくる識別不明の機体反応に気付き、クリスは片手でゼオラをしっかり掴み、もう片手で機体を急上昇させる。
 そして、海中から浮かび上がってくる。、とてつもなく巨大な黒影に視線を向けた。
 海面を突き破って、その巨大なものが凄まじい水しぶきを上げて、ゆっくりと姿を現す。

 「冗談だろ!?」
 顔を険しくして、クリスは思わずうめく。
 ざっと見て十五メートル前後まで及ぶ身長のあれはまさに文字通りの、怪獣(モンスター)と呼ぶべきものだった。
 通常のISより何倍もの巨体を持つそれは、映画に出てくる食肉恐竜のような外見をしていた。
 黄色の皮膚(そうこう)の上に並ぶ磨かれた牙のような背びれに、鋭く光る大きな爪。太い尻尾を揺らし、血に飢えた獰猛な瞳がクリスのヒュッケバインガンナーを睨む。
 あれは、敵意を篭めた目だった。

 「ゴジラかよ……!!」
 その奇抜な外見に愕然し、クリスの顔が引き攣る。
 両腕についている推進器と爪を兼ねたアイアンクローから見ても分かるように、その怪獣が機動兵器であるのは間違いない。
 そして、決して味方ではないことも。

 気を引き締めて、クリスは再び戦闘態勢を取る。
 どうやら、簡単に休ませて貰えそうにない。
 ゼオラを抱えているクリスを向けて、怪獣の胸部から大型のビーム砲が現れる。それを見たクリスはヒュッケバインガンナーを回頭させ、怪獣と向き合う。
 鎮痛剤の効果が切れ始めて体中の傷口が痛くて、強引に空間転移を使ったせいで頭痛も意外と酷いが、敵に背中を見せられる状況ではない。

 「来い! 破壊してやる!」


 *


 ゼンガーが海から白式を引き上げ、密漁船を守った頃に、織斑一夏の意識は既に回復していた。
 無言に波打つ海面眺めて、一夏は血が滲むほど唇をきつく噛み締める。
 いつもいつも強い人に助けられっぱなしで、大変悔しい思いをしている。
 これが今の俺の限界というわけか?
 ちくしょう、あんな蚊みたいなやつに負けてたまるか!

 「織斑一夏、また動けるか」
 「えっ!? あっ、はい」
 ゼンガーの問いに我に返り、一夏は慌てて返事をし、グルンガスト参式から離れた。
 常識離れした長さを持つ斬艦刀が目に入り、思わず身が震える。
 一度だけゼンガー少佐の稽古を見たことがあるが、斬艦刀を目にするのは初めてだ。
 なんという大きさだ。
 それだけの武器を片手で何の不自由もなく振れるなんて。

 「一夏! ゼンガー少佐!!」
 二人の出現に表情を僅かに緩め、箒は彼らの名を呼ぶ。
 するとゼンガーは視線を上げて、紅椿を纏う箒にいつも通りの厳しい視線を送り、口を開いた。

 「篠ノ之箒か。報告は聞いている。よくぞ己の意識でここまで戦った」
 「あっ、いいえ……」
 剣士としての目標でもあるゼンガーに褒められ、箒は僅かに緊張しつつも頬を染める。
 この人は、私の行動を肯定してくれた。
 情けない姿を見られなくて、よがった。

 「決着をつける。まだ戦う意志があるのなら、ついて来い!」
 参式斬艦刀を握り締め、ゼンガーのグルンガスト参式が上昇していく。
 カイと違って、ゼンガーは若者を甘やかす気はない。戦う意志を持って戦場に来た以上、誰だろうと戦士として平等に扱う。
 大人としてできるのは、最前に立って自分の背中を見せることだけだ。

 「はい!」
 「行きます!!」
 そんな彼の後に、一夏と箒は気合を入れてついていき、空中でシルベルヴィントと再び交戦に入ったレオナと鈴と合流する。

 「織斑一夏、篠ノ之箒」
 参式斬艦刀を持った右手を耳の辺りまで上げて左手を軽く添え、ゼンガーは高速に飛び回っている標的を定めた。
 今回の事件の根源である、銀の福音を。
 名を呼ばれた一夏と箒は、シルベルヴィントと交戦しながら彼の言葉に耳を傾く。

 「剣とは己の魂を預けるもの。それを忘れるな」
 撃ってくる弾丸を避けもせずシールドバリアで受け止め、ゼンガーはひたすら相手を斬ることに専念し、「蜻蛉」の構えで微塵も動じない。
 ――不退転、それが我が流儀。

 相手に斬り付ける最初の一撃で、全てを賭けて勝敗を決する。
 グルンガスト参式の背部スラスターは既に満を持し、咆哮する瞬間を待っている。
 そしてグルンガスト参式のタフさに興味を湧いたのか、銀の福音もゼンガーを重点的に攻撃する。
 相手の資料はデータベースにある。接近戦用の機体であれば、距離さえ気を付ければいい。
 しかしAIは所詮AI。パイロットであるゼンガーの身に漂う危険な雰囲気を感じ取ることもなく、グルンガスト参式が使っている規格外武器の恐ろしさも知らない。
 故に、AIは自分が既に不用意にゼンガーの間合いに踏み込んだことも、判断できなかった。
 見えない大地を蹴り、グルンガスト参式と共にゼンガーは獣の如く吼えて、踏み込む。

 「チェストォォォォォッ!!」
 瞬時加速を用いて、ゼンガーは瞬間移動したかのように銀の福音との距離を詰め、全身全霊の力を込めて参式斬艦刀を振り下ろす。
 そのスピードは、明らかにグルンガスト参式のカタログスペックを超えていた。
 甲高い剣戟音が響き、斬艦刀が一閃した後、銀の福音は既にシールドバリアごと真っ二つにされ、崩れ落ちていった。

 「我が斬艦刀に、断てぬものなし!!」

 切り裂かれた銀の福音に背を向け、斬艦刀を日本刀の形に戻したゼンガーの決め台詞が、この場に居る全員の耳朶を打つ。
 その一閃のデタラメさを身を持って体験したことのあるレオナ以外、アギーハも含めて全員は驚きのあまりに言葉を失う。
 そして全員からの注目の中でゆっくりと振り返り、ゼンガーはアギーハのシルベルヴィントを真っ直ぐに捉える。

 「……っ!!」
 その澄んだ殺気の篭った視線に、アギーハは思わず戦慄して身を震わせる。
 まるで、丸腰の状態で猛獣に睨まれているような錯覚すらした。
 そんな原始的な危険性を、アギーハはゼンガーから感じた。

 捕獲標的である銀の福音が既に撃墜された。この銀髪の男がいる以上、学生達の機体を奪うと言うのも極めて困難になった。
 これ以上戦っても意味が薄い。ここは撤退すべきだろう。
 しかし、一人で逃げるわけにはいかない。

 (シカログの方はどうなっている?)