IS バニシングトルーパー 046
ていうか、あの図体を収納しきれるとは思わないし、登場タイミングを考えると、まさかあのヴィガジって奴……装着したまま一人で泳いできたのか?
果てしなくどうてもいいが。
「……そうだ、一夏たちは?」
一夏たちの戦況はどうなっている。
教導隊が介入したのなら大丈夫だろうけど、一応確認しておくべきだろう。
段々と麻痺してきた手でヒュッケバインガンナーを動かし、クリスは頭を軽く振ってコアネットワークチャンネルを通して他のメンバーを呼びかける。
「こちらクリス。今の状況は……う、ううっ!」
一瞬、激しい頭痛が走って呼吸が苦しくなり、クリスは顔をしかめる。
この数時間で酷使されすぎた体は、ついに限界が来たらしい。
意識が、刻々と薄れていく。
「クリス!?」
「クリスさん? どうしたの?!」
下がらせたはずのシャルとセシリアの声が、耳に入った。
クリスの苦しげな呻きに反応して、二人は心配そうな声で彼の名を呼ぶ。
「……すまん、回収を頼む」
視野が暗転する直前に最後の力を絞って、クリスはでそんな言葉を言い残したのだった。
*
「うおおおおお!!」
アギーハのシルベルヴィントへ、一夏はトドメの一撃を刺そうとしていた。
敵はもう逃げられない。この一撃が当れば勝利を収められる。
そんなことを考えながら、一夏は力いっぱい剣を振り下ろす。
しかし、その攻撃が届く直前に、激烈な衝撃が彼の腹部を貫いた。
「くほっ!!」
一夏の動態視力の限界を超えた“何か”が、突如に現れて白式に打撃を与えたのだ。
その何かを見定めようとして、殴り飛ばされていく一夏は歯軋りしながら目を開くが、その“何か”は既に目の前にいなかった。
しゃらん、という金属の摩擦する音だけが耳に届く。
次の瞬間、体を切り裂くような衝撃が更に彼を襲った。
「うわあっ!!」
「きゃあああ!!」
「くっ!!」
「ああっ!」
一夏に続き、彼の後ろにいる箒、そして彼から離れた所にいる鈴とレオナも、その視認できなかった“何か”のあまりの素早さに反応できず、見えない攻撃を受けて吹き飛ばされていく。
最後に襲われたゼンガーは自分の間合いに踏み込んできた敵意を肌で感じ取り、参式斬艦刀を呼び出してその攻撃を受け止める。
ガキィィンと鋭い剣戟の音が響き渡り、その“何か”がゼンガーへ奇襲は失敗した。
「……っ!」
「この太刀筋、もしや……!」
驚きの言葉を口にしたゼンガーの前に一瞬だけ止まり、“何か”は迷わずグルンガスト参式から離れていく。
そして、シルベルヴィントの前に戻り、アギーハを庇うように立った。
その時に、全員は初めてその“何か”を目にする。
黒と青に彩られ、曲面的なフォルムをした一機のISだった。
西洋風の剣を収めている赤い鞘を携え、真っ赤なマントを風に靡かせるそのISは、西洋の剣士を連想させる外見をしている。
腰まで伸びる黒いストレートロングや体つきから、若い女性だと推測される操縦者は独特な仮面を被っていて、顔の大半を隠しているため、容姿を確認できない。
「撤退します」
剣の柄に手をかけて一夏やゼンガーたちと対峙しながら、その女性は感情のない冷たい声で後ろのアギーハへ話しかけた。
下方から、意識不明のW17ことラミア・ラヴレスを担いだドルーキンが上昇してきて、シルベルヴィントと一緒に並んだ。
彼らを追って、下から隆聖と開は上がってきて、ゼンガー達と合流する。
「チッ、なんて様だ。このあたいが……!」
シルベルヴィントの姿勢を立て直し、アギーハは唇を噛み締めて一夏たちを睨みつける。
優勢だった戦いが、一瞬でここまで追い込まれた。
だがこれ以上続けても、意味がない。
今こそ引き際だと理解するくらいの判断能力は、また残っている。
アギーハたち四人が立つ場所は、ピンク色の光に包まれ始める。
来るときと同じように空間転移して、この場所から離脱する兆しである。
「逃がすか!!」
その光の意味を理解した一夏は雪片弐型を構え、一気に西洋剣士のISとの距離を詰める。
「よせ、一夏!!」
「はああああああ!!」
箒の呼び声を無視して、一夏は気合声を喉から迸らせながら刃を振り下ろす。
さっきは不意打ちされたが、正面からなら勝てる! と思いながら。
不意を突かれたせいか、斬り付けてくる雪片弐型に西洋剣士ISを纏った女性はまったく反応を見せない。
だが一瞬で、彼女を観察していたゼンガーと開は顔が険しくなった
なぜならそれは、彼らの目には若者たちには見えない動きが映ったからだ。
「うわああああっ!!」
金属が摩擦する鋭い音が、再び響いた。
そして次の瞬間に、一夏はまた吹き飛ばされていく。
「「一夏!」」
返り討ちにされた一夏を、箒と鈴は慌てて受け止めた。
大した怪我がないのを確認して、二人は胸を撫で下ろす。
あの女が何をしたか、若者達は何も見えなかった。
だがゼンガーと開ははっきりと、その動きを視認できた。
一夏の攻撃は届く直前に、その女は素早く剣を抜いて一夏に斬りつけた後、すぐに剣を赤い鞘に納めたのだ。
この一連の過程は、千分の一秒という短時間で行われていた。
あの女は、かなりの使い手ということは間違いないだろう。
「織斑一夏。お前ではこの私に勝てない」
「何っ……!!」
溢れるピンク色の光に包まれて、西洋剣士のISを纏った女は一夏を見下すような口調でそれだけ言い残して、アギーハたちと共に消えて行った。
海上の空は、静けさを取り戻していく。
たった二時間ほどの戦いだが、学生達は一か月分の体力を全部使い果たしたような気がする。
真っ二つにされたが、銀の福音は一応確保した。それを奪おうと企んだ敵も撃退した。
味方も、ほぼ全員無事だった。
これは勝利と言っていいだろう。
しかし、学生たちは今回の戦いで得たさまざまのものを整理し、考える時間が必要だった。
そんな時、シャルの泣きそうな声がコアネットワークチャンネルから全員の耳に入り、彼女たちの思考を現実に呼び戻す。
「みんな! クリスが……! クリスが……!!」
*
戦闘は終了した。
戦士達は戦場から退いていく。
だが、彼らは知らない。
いや、知ってはいたが、追究のしようがない。
この戦場には、ずっと戦士達の戦いを傍観していたものがいた、という事実を。
「エルマ。もういいわよ」
ISの学園生たちが退いていくのと違う方向にある島の上で、突如に女の声が聞こえた。
そして、ラジャ! という電子音声みたいな返事が響いた後、何もない空気の中から、一機のISが蜃気楼の如く姿を現す。
赤と黒のツートンカラーをしている、細身のISだった。全身に設置されている大量のカメラアイが特徴になっている。
外見だけから推測すれば、それは恐らく潜入、偵察機能を特化したISなのだろう。
装着しているのは、桃色の長髪をしている気の強そうな成人女性だった。
作品名:IS バニシングトルーパー 046 作家名:こもも