IS バニシングトルーパー 047
飲酒しているせいなのか、開少佐の周囲にはあまり女子が寄ってこない。
決して老けているからとかそういう理由ではない。
「開少佐は人にサインを頼まれたことがないんですか?」
「たまにあるが、多くはない。俺は他の連中ほど濃くはないからな」
「えええっ!?」
ポテトをつまむ開の発言に、ラウラはいかにも意外そうな驚き声を上げて目を大きく見開く。
ゼンガーのことはドイツに居た頃からいろいろ聞いていたが、開も十分常識外れな人間だと思う。
きっと教導隊の連中の一緒に居る間に、濃さの判断基準が無意識のうちに変えられたのだろう。
雑談が一段落ついて、自然な沈黙が訪れた頃に、一夏はいきなり真面目な声で開に話しかけた。
「あの、開少佐」
「何だ?」
「今日、自分達と戦った敵って、一体何なんですか?」
「私も知りたいです。無人機ってわけでもないですし、出現と離脱の方法も普通じゃありません」
一夏に続いて、箒も真剣そうな顔で、開に答えを求める。
彼女の言葉を境に、今日出撃したメンバーは一気に静かなった。
この二人だけじゃない。鈴もラウラも隆聖も今日のことに、沢山の疑問を抱えていた。
わけの分からん敵と戦って、その正体くらいは知りたいと思っている。
「……巻き込んでおいて悪いが、お前達には教えられん」
皆の注目の中、開はビールを喉に流し込んで、そう返事した。
「えっ、どうしてですか?」
「機密事項だからだ。すまんが、民間人に提供できる情報ではない」
本当に申し訳なさそうな顔で、開は若者達の目を見てそう言った。
子供を戦闘に巻き込んだことに関しては大人を代表して謝るが、やはりあれはまだ一般人に公表できる情報ではない。
その答えに、一夏と箒は一瞬押し黙り、口を開いた。
「「教導隊に入れば、教えて貰えるんですか?」」
「何だとっ?」
二人の意外な発言に、開の顔に驚愕の色が浮ぶ。
「……なぜだ?」
いつの間にか近くまで寄ってきたゼンガーが、一夏と箒を見てそう言った。
何に対して聞いているかは言ってないが、その口調を聞けば誰でもわかる。
ゼンガーは今、二人の覚悟を聞いているのだ。
教導隊は甘くない。正義の戦闘集団なんて聞こえはいいが、やってることは命の奪い合い。
今日は死者が出てこなかったものの、いつか必ずこの問題に直面することになる。
それに既に何人かの国家代表が推薦されてきたが、カーウァイ大佐のメガネに適った人物はまだ一人も居ない。
今の二人の腕では、入隊までの道の険しさは、想像も付かないほどのものでしょう。
「今日の戦いで分かったんです。あの連中は、とても危険な存在です。何を企んでコアを奪っているかは知りませんが、他人を平然に傷付くやつは、放っておけません。僕は、やつらを止めたいんです」
少し考えた後、一夏はゼンガーの目を見てそう言った。
「私も同じ気持ちです。今日は色んなことがありましたけど、戦っている途中で分かったのです。ISはただ破壊するだけじゃなく、人を守ることもできます。紅椿が私の力なら、私はこの力を正しく使いたいと思います」
一夏に続いて、箒は決意を滲ませた、迷いのない声で、ゼンガーに自分の答えを示した。
「……」
一夏と箒の目を見て、開とアイコンタクトを取る。数秒間の沈黙のあと、ゼンガーは腕を組んで目を瞑った。
そしてゼンガーの意図を理解した開は、空缶を置いて立ち上がる。
「そこまで言うなら、チャンスをくれてやる。五日後から、我々はIS学園にて特訓合宿を始める」
わざとここにいる一般生徒でも聞こえるほどの大声で、開はそう宣言する。
この行事を行うために、二人は日本に来たのだ。銀の福音の件はあくまで予想外。
目的は宣伝も兼ねて、前途有望な生徒を見極めることである。
急な話だが、政府側の賛同を受けているため、IS学園がかなり協力的な態度を示している。
「期間は十五日、朝から夜までのフルコースだ。参加は自由だが、途中退出は認めん。分かったな?!」
「「はっ、はい!!」」
「それと伊達隆聖、貴様は強制参加だ!!」
「ええええええええっ!!?」
いきなり開に指名されて、隆聖はビックリして箸を落とす。
バイトの頃にトラウマでも植えつけられたのだろうか。
「事務総長の指示でな。SRX計画とやらの核心である貴様には、それなりの実力を身につけてもらう。家庭の事情を考えて、家から通うことを許可する」
「そりゃ、俺だって強くなりたいけどさ……さすがに夏休みの間でも楠葉に迷惑をかけるわけには……」
「義母さんのことは、私に任せてもらおう」
困ったように呟く隆聖の肩に、ラウラはその小さな手を乗せる。
そうだ。楠葉はただの幼馴染だから遠慮するが、嫁を支えるのは夫の役目だ。
隆聖の母親が夏休みに退院して、家に戻るとの話を聞いている。なら、これをチャンスにポイントをたっぷり稼がせてもらおうではないか。
ある日に帰宅した時、母親に「ここに実印を押した後、ここにサインしなさい」なんて言われるかもしれないぞ、隆聖。
「あたし! あたしも参加するから!!」
僅かに躊躇したあと、鈴は手を上げて参加の意志を表明した。
一夏と箒も参加するみたいだし、一人だけ蚊帳の外は嫌だ。
リクセント公国は八月にいくとして、七月に鍛えておいて損はない。
それに最近は段々と影が薄くなってきてるし、何もしないままじゃ出番が危ない!
「この五日間、二人は学園にいるんですか?」
ゼンガーと開を見て、箒はそんな素朴な疑問を口にした。
しかし大人二人は、一斉に頭を横に振った。
「俺は、とある約束を果たさねばならん」
アメリカで知り合った可憐な少女との約束を思い出して、ゼンガーはそう返事する。
今度は、こっちから会いに行くという約束だったからな。
しかしゼンガーの落ち着いた表情と対照的に、開は眉の間に思いっきり皺を寄せる。
「俺も一度家に帰らせてもらう。うちの娘はその……男に振られたらしい。アメリカのお土産で元気付けてやらねばな」
「そう、ですか……?」
「男に免疫のないうちの娘を散々弄んだ挙句、付き合ってる女がいるからダメだと言ったらしい。娘が教えてくれないから名前は知らんが、見付かったら俺のゲシュペンストキック百連発を食らわせてやる」
「……大変ですね」
なぜかいきなり親バカっぷりを余すところなく見せてくる開少佐に、みんなは若干引き気味だった。
*
IS学園旅館から出て海岸沿いを数十分ほど歩き、その先にある小さな森を抜けたところには、人気(ひとけ)のない小さなビーチがあった。
そんな滅多に人が来ない薄暗いところに、織斑千冬の姿があった。
柔らかい月光に照らされている白い砂浜の上をゆっくりと歩き、ジャージ姿の千冬は波打ち際に近づく。
彼女の視線の先には、二人の女性が裸足で波と戯れていた。
「あはは、やっぱ夜だとちょっと冷たいね」
「もう、いい加減にしてよ」
片方は今朝にも会ったウサミミ科学者こと、篠ノ之束。
作品名:IS バニシングトルーパー 047 作家名:こもも