IS バニシングトルーパー 050
「でも六時なんて面倒くさいよ。まだ起きてるし、今じゃダメか?」
「い、今? 今はダメ! ゼッタイ!! いいか、六時だ! ちゃんと覚えろ!!」
最後はなぜか少し慌しい声でそう言い残すと、祐は電話を切った。
「……」
クリスは静かに携帯を耳元から離して、ポケットに滑り込む。
決闘? 何をする気だ?
実験場ってことは、IS勝負? でも祐はISを使えないし、運動苦手だし。
まあ、どうせいつもの悪ふざけだろう。放置したいところだが、起きたら行ってやるよ。
これでも付き合いのいい男だからな。
「って、やめろって」
また首筋を噛み始めたシャルを、クリスは全力で引き剥がしたのだった。
*
午前六時、会社敷地内の実験場には、二人の男が対峙していた。
片方はTシャツとジーンズというカジュアルな恰好で、欠伸をしているクリス。
書房の寝椅子の寝心地があまり良くないから、かなり早い時間で目覚めた。シャル達はまだ寝てるし、散歩のつもりで祐が指定した場所に来てみた。
もう片方は油まみれの作業服の上着を羽織り、帝王の証である緑色バンダナを靡かせる第三代童帝、タスク・D・シングウジ。
徹夜で作業してたせいか、不敵な笑みを浮べた彼の目の下に、酷いくまが出来ていた。
嵐の前触れか、それともこれから繰り広がる死闘の前奏曲か、空は黒い雲に覆われ、風は暴れ回る猛獣の如く吹き荒れ、遠い雷鳴が何度も彼らの鼓膜を撫でる。
息を詰まらせるような、一触即発の不穏な空気の中、祐が声を発した。
「よくぞ逃げずに来たな、クリス君よ」
「目が覚めたしな。んで、一体何をするの?」
無駄に凝ったセリフを喋る祐と対照的に、クリスはずっとだるそうな顔をしていた。
「決まってるさ。決闘と言う名の、貴様への裁きだ」
右手を上げて、祐は指を鳴らして雄々しく叫ぶ。
「出ろぉぉぉ! ジガァァァァァァン! スクゥゥゥゥゥゥド!! ドゥロ!!!」
「「「「「「おおおおおおお――!!!」」」」」」
祐の呼び声に応じるように、実験場の搬入口から大人数の足音と共に、大きな台車に乗せた鋼の巨人が近づいてくる。
シンプルなフォルムをした赤い装甲と、両腕に取り付いたハサミ状の大型ワイヤーアンカー。アンバランスな体型をしている割には、かなり力強そうに見える人型ロボットだった。
説明しょう。
修理は二時半ほどに終わったから、残りの三時間を使ってさらに改修を加えて、ジガンスクードは一回も出撃しないまま、ジガンスクード・ドゥロに生まれ変わったのだ。
皆の携帯バッテリーまで詰め込んで、何とか最大稼動時間を5分から5分26秒まで延ばすことに成功し、さらにシールド状のナックルをアンカー状のに換装して何とか放電機構を使えるようにした。と言っても人間にショックを受けさせる程度というか、市販の防犯グッズをそのまま流用しただけ。
因みにフィクションではよくスタンガンで人間を気絶させる描写があるが、あれはただの演出だ。
「おお~凄いな。これを皆が作ったのか?」
「ああ。裏切り者である貴様に罰を下すためにな!!」
祐が台車の上に登ると、ジガンスクード・ドゥロと呼ばれた機体の背後が開いて、中にあるヒビの入った小さなモニターと、かなり古いタイプの据え置きゲーム機のパッドみたいなものが見えた。
「覚悟しろ。今から貴様に、真の絶望をくれてやる」
上着を脱ぎ捨てて、祐は欠伸しているクリスを指差してそう言った後、そのコックピットみたいな所に入った。
背部ハッチが閉じ、ジガンスクード・ドゥロの目が緑色に光り、機体内部から低いモータ音が聞こえた。
「メインシステム、起動確認。 エンジン異常なし。駆動系異常なし。メインセンサー異常なし。システムオールグリーン。ジガンスクード・ドゥロ略してガンドロ、出るクマ!!」
外部電源と接続していたバッテリーケーブルが弾けるように機体から離れ、ジガンスクード・ドゥロは足を前へ踏み出して、Dの一族は歓声を上げながら退場していく。
因みに語尾の「クマ」は外部スピーカーが故障しているためであるが、大した問題ではないからそのまま放置された。
「さあ! 今から貴様に判決を言い渡すクマ!!」
もう一歩を踏み出して、ジガンスクード・ドゥロは台車から降りようとする。
「それは、しk……ってうわああ!!」
が、足が滑って、思いっきり台車から落ちて、大きな衝撃音と共に地面に倒れ込んだ。
肩部と背部の装甲板の一部が吹き飛んで、宙を高く舞う。
「おおっ?!」
突き刺さってくる装甲の破片を間一髪のタイミングで避けて、クリスの眠気は一気に吹っ飛んだ。何と言う恐ろしくて自害的な攻撃だ。わざとコミカルな演出で敵の油断を誘い、装甲板を飛ばしてアタックするとは。
「そ、それは……死刑だクマ!!」
両腕のアンカーを地面について、ジガンスクード・ドゥロは何とか揺れながら立ち上がる。機体からネジやポリパテの屑がボロボロと落ちていくのにも関わらず、祐は威勢よく言い放つ。
ジガンスクード・ドゥロ、戦わずして軽破。
「そんな大袈裟な。俺は何をしたと言うのさ」
「何をしただと? 自分の胸に手を当てて良く考えろクマ!!」
地面を蹴って、ジガンスクード・ドゥロはクリスへ突進した。地面が激しく揺れて、機体からのボロ落ちがさらに酷くなる。
だが、破滅な道だろうと、前へ進むしかない。
神様よ、もし本当にいるのなら、そこで見ていろ。この戦いはお前が愛していない我々の、精一杯の抗いである!
「自分だけあんな可愛い子達とイチャつきやがって!! 俺達の苦しみが分かるクマか!!」
「祐も彼女を作ればいいじゃないか」
「黙れクマァァァァ!!」
祐の叫びと共に、ジガンスクード・ドゥロのアンカーナックルが猛然と襲い掛かってくる。
稼動時間が5分26秒だけだが、パワーだけは作業機と同じレベル。それを後ろへ跳んで回避すると、凄まじい拳圧がクリスの鼻先を掠めていく。
「恵まれた貴様に分かるか! 神に見捨てられた我々の苦しみを! 女子のおてての柔らかさもラブレターやチョコを貰う喜びもキスの甘さも知らない我々の苦しみを!! 俺達はな、純潔を……強いられてるんだクマッ!!(集中線)」
搬入口で観戦しているDの一族が号泣する声が実験場全体に広がっていき、暗い空から大粒の雨が降り始めた。
まるで、彼らの悲しみが天まで届いたかのように。
「ラブレターとチョコなら俺ももらったことないぞ!」
「来年ならチョコ貰えるだろうかボケェ!! ギガントナックルクマァァァ!!!」
土砂降りの中、祐は憎きリア充目掛けて、もう一度△ボタンを押してジガンスクード・ドゥロの拳を振り出す。
やっぱさ、友達でいよう。と言われた時の気持ち。
ごめんなさい。私、好きな人がいるの。と言われた時の気持ち。
悪いけど遠慮しておく。お前タイプじゃねえし。と言われた時の気持ち。
それらを、貴様にわかってたまるか!!
作品名:IS バニシングトルーパー 050 作家名:こもも