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IS  バニシングトルーパー 051

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 あんな古くてピーキーな機種、わざわざ引っ張り出してくる必要性を感じないし、人気の少ない土曜を選んで稼動テストをやるのも些か不可解だ。

 「ちょっと日本のとある企業に協力してもらいたいことがあって、零式はその手土産」
 「なるほど。それで、プレゼントにする前にまずメンテしておくわけか」
 「その通りです。アップデートも兼ねてますけどね」
 気休め程度だが、零式は昔より幾分か使いやすくなった。自分の身体能力が成長したのもあるでしょうけど、GキャンセラーやOSなども新型に変えられている。
 あとはコアを抜いて再びパーツ状態に戻して、コンテナに詰めて日本までゴー。あの機体とはもう会うことはないだろう。

 「それって、三番機のパイロットは見つかったってこと?」
 「……ノーコメントです」
 「俺相手にそれはねえだろう」
 「仕事は仕事。原則の問題ですからね」
 三番機というのは、Rシリーズ第三番の機体「R-3」のことを指している。パイロットはすでに選定済みだからこそ、その人物と関わりのある企業に協力を請った。
 もっとも、向こうは誰も扱えない零式よりも、R-3に搭載した“マルチロックシステム”が欲しいだろうけど。

 「まあいいさ。じゃ話変わるけど、明日ヒマ?」
 「明日ですか?」
 「そう。日曜だろう? 実はさ、俺、知り合いからホテルのプール招待券をもらったんだけど」
 何か遊びの算段を立てた時にだけ見せる上機嫌な表情をして、イルムはクリスは肩を叩いて、チケットらしきものを見せびらかす。しかしそれを見たクリスは、残念そうに頭を横に振って返事をした。

 「せっかくで悪いですけど、予定入ってます」
 「あの二人の相手か?」
 「違いますよ」
 「照れなくていいぞ。まあ先輩として言えるのは、服の下に雑誌をつめておくことだ」
 「……専用機持ちですよ。あの二人」
 雑誌一冊、包丁の一撃までが限界だろう。

 「HAHAHA、まあとにかく、上手くやれよ」
 アメリカ漫画キャラみたいに大笑いするイルムの冗談に、クリスは大きなため息をつくしかなかった。
 セシリアは来てからもう一週間が経つというのに、未だにイギリスに帰る素振りを見せない。邪魔もの扱いはしたくないけど、いろいろストレスが溜まるからそろそろ帰って欲しい。

 「二人も一緒に連れてきていいぞ。チケットは足りてるし、俺もリンを連れてくからさ」
 「いや、明日のは人と面会する約束なので」
 申し訳なさそうな顔で、クリスはそう返事した。するとイルムはすぐに何か思い出したみたい仕草をして、納得したように軽く頷いた。

 「……ああ、例の子のことで?」
 「そういうこと」
 「じゃ仕方ないな。お前が行かないなら、あの二人も行かないだろうし。まあ、チケットの期限までまだ時間があるし、焦ることはない」
 「すみません」
 「いいって。じゃ今日はもう帰るわ。そろそろリンが腹を減ってチーズをかじり始める頃だしな」
 話をしているうちに、二人は社員寮の前まで着いた。軽く手を振って別れを告げ、イルムは駐車場の方向へ走っていった。その青い長髪が揺れる後姿が道の曲り角に消えるまで見送ると、クリスも寮の中に入った。
 よく考えてみたら、バカンスの予定はリクセント公国へ行くくらいしかない。何かシャルと二人っきりのイベントを考えておくべきかもしれない。
 とそんなことを考えてながら、クリスはエレベータのボタンを押したのだった。



 *



 「むぅ~~」
 エアコンの音だけが響く静かな部屋、涼しい空気の中、シャルは眉の間に皺をきつく寄せて両手でぎゅっとスカートの裾を握り、下の唇を軽く噛んで唸り声を上げていた。

 「あらら、もう十五分以上考えましたけれど、まだ決められませんの?」
 そんな彼女と対照的に、シャルの向こうに座っているセシリアは至って余裕的な笑みを浮かべていた。優雅な白い指を柔らかそう頬に当てて、何かに悩んでいるシャルの顔を楽しげに眺める。
 二人が囲んでいるテーブルの上には一つの小さき戦場――携帯式チェス盤が広がれていた。そして少しルールのわかる人なら、すぐにシャルがセシリアに追い詰められているのがわかるほど、戦況は傾けていた。
 決着がつくまで、あと一手か二手。

 「そろそろクリスさんが戻ってきますよ? 潔く降参してはいかがですか?」
 「も、もうちょっと待って」
 セシリアは思いっきり上から目線な催促に、シャルは珍しく弱気な態度を見せた。そして三十秒ほど迷った後、渋々と残り少ない駒を取り、えっ!と崖から飛び降りるみたいな表情で、自分の兵士を決まった場所に置く。
 すると、セシリアはまるでとっくに相手の行動を予想していたかのように、迷うことなく次の手を指して、シャルを追い詰めた。

 「これでチェックメイト、ですわね」
 「あぁぁあああ~!! また~!!」
 セシリアが指した一手で二人の勝敗が分かれ、シャルは深く肩を落として、悔しそうに頭を抱えて目を伏せた。
 クリスのいない間の暇つぶしにチェスを始めてみたけど、セシリア相手にシャルはまるで歯が立たなくて、一局も勝てなかった。
 自分はルールを知っている程度の初心者で、セシリアはかなりの対戦経験を積んでいるのは知ってるし、簡単に勝てるとは思ってないけど、まさかここまで一方的になるなんて。

 「まあまあ、経験の差だけですから、そこまで悔やむ必要はありませんよ」
 キング、クイーン、ビジョップ、ナイト、ルーク、ポーンと、相変わらず上品の微笑みを口元に浮かべて、セシリアは静かに駒を並び直していく。
 嗜み程度でしか学んでないけど、小さい頃には父もたまに相手をしてくれていた。しつこく再戦を父に要求した時、あの困ったような笑顔は今でもぼんやりと覚えている。
 今では駒を並べるのも久しぶりだが、いきなり初心者に負けるような事態だけは何とか免れた。

 「ただいま~」
 そんなときに、玄関の方から電子ロックが解除する音が響き、聞きなれた声が二人の少女の耳に届いた。それがクリスの帰宅だとわかった二人は同時に立ち上がり、軽い足取りで玄関へ駆け寄っていく。

 「おかえり。外は暑かった?」
 「もう外には出たくないよ。アイスまだある?」
 「アイスティーなら、まだありますわよ」
 「じゃ、もらうよ」
 シャルが差し出した冷たいタオルで顔を拭き、部屋の中に入ってベッドに腰をかけると、セシリアはアイスティーの入れたカップを持ってきた。

 「あっ、ありがとう」
 「いいえ、どういたしまして」
 礼を言ってそれを受け取り、クリスはその冷たい液体を喉に流し込む。甘酸っぱい味が口の中で広がり、気分が一気に涼しくなってきた。

 シャルはお昼ご飯の用意でも始めるつもりか、冷蔵庫の中を眺めながら何かを考える仕草をして、セシリアはテーブルの上のチェス盤を片付け始めた。
 自分が居ない間、意外と二人は仲良くやっているようだ。そんなセシリアの動きを、クリスは物珍しそうに眺めながら話しかける。

 「チェスやってたのか、二人は」
 「はい、シャルロットさんにチェスの相手をして頂きましたわ。クリスさんもいかがですか?」