IS バニシングトルーパー 051
スーパーのスタッフ用裏口から出て、正面にある入り口からもう一度中に入ると、セールタイムまであと一分しかなかった。スーパーの奥にある肉と野菜のコーナーの近くに徘徊して、ラウラはセールタイムの開始を待つ。
雪子に指定されたこのスーパーは、伊達家の近くにあるスーパーの中で一番大きくて、客もかなり多い。加えてこの夕飯に近い時間帯、肉コーナーの周囲にはすでに何人かの主婦らしき女性が緩やかに歩きながら、飢えた狼のように目を光らせている。
狙いは同じだと考えるべきかだろう。
「牛肉が最優先、次にシイタケと焼き豆腐、そしてネギ。……民間人たちに悪いが、貰ったな」
限られた物資をできるだけ速く確保するのは、飽きるほどやってきたミッションだ。密林だろうと海中だろうとミスしたことがない。
余裕があれば、詰め放題というのをやってみたい。キュウリとソーセージどっちにするかちょっと迷うが、今日はキュウリにしよう。たっぷりミソをつけて食べれば、軽食として水分と塩分を取れるし、熱中症対策にもなる。
どのみち、身体能力の低い民間人に負けるはずがない。シールが張り終わったら最速で食材を回収して帰宅し、一刻も早くすき焼きを完成させて隆聖の帰りを待とう。
が、簡単には食べさせてやれんな。
おのれ隆聖め、最近はバイトとやらにうつつを抜かしおって、帰っても風呂入ったらすぐ寝るし、全然構ってくれないではない。少佐であるこの私を空気扱いか。
今夜あたり拷問でもかけてやる。
特売シールを持った店員がスタッフ通路の奥から現れて、肉と野菜のコーナーへやってくる。
彼が出現した途端、カートや靴の音が耳元から去り、周りの穏やかな空気が瞬間に張り詰めたものへ化し、主婦たちは一斉にして立ち止って両手をフリーにする。
(このプレッシャー……なんだ?!)
肌を通して伝わってくる懐かしくて、ぴりぴりとした雰囲気がラウラを軽めの妄想から一瞬で現実へ呼び戻した。
その懐かしさの正体に気付く前に爆風が走り、首の後ろに結んだラウラの銀髪が靡く。目を開いてみると、それはシールを貼り終えた店員が攻撃ヘリの機銃掃射から逃げるように走り出した瞬間、一斉に開戦のゴングを鳴らした主婦たちの進軍であった。
ふくやかな体型を武器に、主婦たちは戦車の如くライバルたちを押し退けて、主婦たちは目当ての品目掛けて両手を伸ばし、争奪戦としゃれ込んだ
カートかカゴに入れたものを奪わないというルールのもと、品はカートかカゴに入れてしまえばセーブ。しかし逆に言えば、品をカートかカゴに入れる前まで、どんな手を使って邪魔しても咎められない。
「ニンジンなんていらないわ!」
「貴様も主婦なら、大局的に物を見ろ!」
サンマを取り合う二人の主婦は、余った手でニンジンとキュウリで相手の手を攻撃する。やはり野菜の強度差か、キュウリの持った主婦の指が一瞬緩めて、サンマはニンジン使いのカゴに入ってしまった。
もちろん、野菜で本気の剣戟をやっているわけではない。
黙認のルールでは素手での攻撃はNGで、スーパーが売ってるものを道具とした攻撃はオッケーだが、その使った道具も買わないといけない決まりもあるため、使った後でも完璧な状態であることが望ましい。
よって、野菜を使った攻撃はかなり上級者向けかつエレガントなバトルスタイルであり、その打撃の威力も使い手の主婦としての技量をダイレクトに反映する。
激戦の中、コーナーに並んでいる半額品が驚くほどのスピードで次々と減っていく。
「しまった……!」
主婦たちの凄まじい戦いっぷりに見とれてる場合ではないと気づき、ラウラは地面をけって戦域に突入した。
このまま食材が全部取られてしまったら、家で待ってる雪子に会う顔がない。
小柄の体型を利用しておばちゃんたちの隙間を潜り抜け、ラウラは体を滑り込ませて肉コーナーを全速で接近する。
まずは牛肉だ。半額シールの張ったすき焼き用の牛肉はまだ数パックがそこに眠っているのが視認できた。
「いただく!!」
自分のリーチに標的を入れた瞬間、ラウラは放たれた矢の如く牛肉へ飛びかかった。滑らかな床で、脚のサイズに合わないサンダルはスピードを影響するが、それでも十分な速さだった。
しかしラウラの手がその艶やかな牛肉に届く直前に、複数の黒影が彼女の視界に飛び込み、牛肉への道を遮った。
「テニア! メルア! 今夜も統夜にスタミナのつく料理を振舞うわよ!!」
「はっ、はい!」
「ラジャー~!」
「「「トリプル・サイトロン・アタック!!」」」
それぞれ赤、金、そして黒の髪をした三人の少女が超絶のスピードで肉コーナー区域に切り込んだ。三人の声が見事にハモった次の瞬間、赤髪と金髪の子が周囲の主婦たちを退かして、黒髪の子が二人によって確保させたベストポジションに立ち、誰にも邪魔されずに半額商品を手早くカゴへ入れる。
家によっほどの食いしん坊でもいるのだろうか。狙いのメインは宣言通りホルモンのようだが、肉も手当たり次第取っていく。
両側の主婦は赤髪と金髪の子に邪魔されて、必死に手を伸ばしても望みの品までに届かない。
「見事な連携! しかし私とて……!!」
肉コーナーは主婦に包囲され、商品を選ぶベストポジションもあの三人娘に押さえられたが、まだ諦めるには早い。ラウラは一旦体をしゃがみ込んだ後、床を蹴った。
正面から入り込む隙が既にないのなら、上方から接近すればいい。一般主婦の身体能力では決してできない芸当だから、あの三人もこの立体化した戦術を想定していないはずだ。
一瞬スーパーの空を舞った後、ラウラはテニアと呼ばれた赤髪の少女の背中に着陸した。
「ア、アタシを踏み台に……!?」
三人の中で一番背の低い彼女を踏み台にすれば、ベストポジションに限りなく近い場所を押さえられるし、肉も取りやすい。
そしてテニアも黒髪の子のポジションを維持するために、恐らく迂闊に抵抗できない。
案の定、彼女はラウラを背中に乗せた状態で横のライバルたちを抑えても、特にラウラに反撃する動きを見せない。
「まずは300g、もらった!!」
目の前に並んでいる牛肉の300gパックへ、ラウラは叫びと共に腕を伸ばす。
しかしそれと同時に、黒髪と金髪の子が動いた。
「メルア! !!」
「はいっ!!」
コーナーの隅にあるいかにも売れ残りっぽいササミ200gパックを、メルアと呼ばれた少女がラウラの指先と牛肉パックの間を狙ってブーメランのように投げた。
「なにっ!?」
牛肉パックを掴んだと思ったら、メルアの投げたササミパックを取ってしまった。そしてラウラが驚いたこの一瞬の隙で、さっきの牛肉パックは黒髪少女の手に落ちた。
一人が攻撃を受けても残りの二人がフォローして、妨害と回収を同時行う。一気呵成の連携だった。
「おのれ! 鶏肉などに用はない!!」
「いつまでそこにいるの!!」
ササミのパックを捨てて、別の牛肉パックに目をつけた瞬間、緑と白をした長い棒状物体がラウラの視界に飛び込む。
「なにっ……!!」
作品名:IS バニシングトルーパー 051 作家名:こもも