IS バニシング・トルーパー リバース 001-002
量産型ヒュッケバインMK-II。マオ・インダストリー社が量産型ゲシュペンストMK-IIに続いて、新たに開発した量産機種。テスラ・ドライブの標準装備化により空中戦をできるようになっている上に、高い基本スペックも持っている。今では連邦軍の各基地が配備を要望しているが、いかんせん生産能力に限界があり、各地への配備数がまだ少ないのは現状である。
「そんなこと言われてもな……俺はむしろ量産型ゲシュペンストMK-IIのままでもよかったのに」
「ゲシュペンストでは空中戦に対応できん」
「あの重さが好きなんだよ、俺は。ヒュッケバインだとどうも軽くて安心感がかける。クリスは違うのか?」
操縦パネルにある数え切れないほどのスイッチを操作して機体を設定しつつ、一夏は自分がクリスと呼んだ青年と雑談を交わす。
「別に。残党ともがリオンシリーズを使ってる以上、空中戦の出来るヒュッケバインに乗り換えるのが必然だと思う。リオンなんて御免だしな。それに、どうな機体でも使いこなすのが、パイロットと言うものだろう?」
一夏に返事を返して、クリスは自分のコックピットの操縦桿を握って、指を順番に動かす。
確かに、ゲシュペンストの70t前後の重量と比べて、ヒュッケバインは40t程度しかない。格闘戦ではやや不安を感じるが、その軽さと反重力装置「テスラ・ドライブ」を生かした空中機動性こそ量産型ヒュッケバインMK-IIの売りだと、クリスは思っている。
「それは分かっているけどさ……どうせなら、特機をうちに回してくれないかな。たまには派手にやってみたいぜ」
「……お前の腕では無理だな」
愚痴を零している一夏の耳に、お馴染みの女性の呆れたような声が届いた。
特機とは、大型の敵を想定して開発した機動兵器の総称だ。18メートル前後のPTと比べて、特機は50メートル前後の高さを基準としている。装甲もパワーもPTをはるかに上回るが、操縦が難しくて運用コストが高いのは最大の欠点。
「げっ、箒お前聞いてたのかよ」
「オープンチャンネルだからな。それより一夏、お前に聞きたいことがあるぞ」
長い黒髪をポニーテールに纏った、凛々しい雰囲気を持つ女青年がやや不機嫌そうな顔で、隣の輸送機から一夏に通信を飛ばしてきた。
「何だよ、こんな時に」
「ブリーフィングの後、お前は隊長と二人きりで何かを話してたよな。何を話していたんだ?」
「何って、その……転属申請だよ」
「転属? どこへ行く気だ!」
一夏の言葉を聞いた箒の顔が、一気に血相を変えた。
それだけ、離れたくないということだろう。しかし肝心の一夏の鈍さが筋金入りだから、彼女の思いに気付くことはあるまい。
「どこって、教導隊にだよ。最近活動再開したらしいけど、メンバーは三人しかないから、メンバー募集してるんだってさ」
教導隊とは、PT用のOSである「TC-OS」のモーションパターン構築のために、操縦技術に優れたパイロットを選抜し結成されたエリート集団。教導隊メンバー達が作り上げたモーションパターンの質が、前線のパイロットの生死と直結する。そのため、メンバー選抜テストの厳しさは半端じゃない。
「ハァアア~? 教導隊だと?! お前が入れるわけ無いだろう!」
「うっせいな! やってみなきゃわかねぇだろうが!」
「入れないに決まってる!!」
「落ち着け、篠ノ之。作戦前だぞ」
「しかし……!」
喧嘩になりそうな二人の仲裁に入ったクリスに、箒は思い詰めたような顔を見せる。
「一夏も少しは冷静になれ。どこへ行こうかは勝手だが、これからの作戦で死んだら元も子もないぞ」
「……わかったよ」
機体の調整が一段落ついて、一夏は背をシートに預けて深呼吸をする。
「……教導隊に入りたい理由は、隊長か?」
少し時間を空いた後、クリスは一夏にさっきの話題を振った。
今自分たちが身を置いている部隊「ブリュンヒルデ」の隊長・織斑千冬大尉は織斑一夏の実の姉であり、指揮官でもある。
「そうだよ。姉が教導隊に行くチャンスを潰した不出来な弟だなんて、何時までも言わせてたまるか」
「そうか。頑張れ」
「おっ、ありがとうよ。でもさ、クリスにそういうのはないのか?」
「……特にない。前線に立て、引き金を引き続ければいいと思っている」
しばらく考慮した後、クリスは返事を返した。
「おい、戦争中毒だぞ」
「別に困らない。DC残党に異星人、当分の間に戦争は続くさ」
目を瞑って、クリスはコックピットに持ち込んだガムを口に放り込んで咀嚼する。
機体のチェックは完了した。後は作戦開始を待つのみ。それまで、少し休もう。
油臭い匂い、狭くてやや硬いシート、響く機械音。ここにいる時が一番落ち着く。
しかしそんな僅かな安らぎを完全破壊してしまう甲高い声が、クリスのコックピットに響き渡った。
「ちょっとクリスさん! 私と一緒にオルコット家を再興させるって約束、忘れましたの?」
「……したっけ」
「しましたわよ!」
通信画面に写っている、金髪ロングの髪を先端でスパイラル状にした髪型をしている女青年がムキになってクリスを睨む。
「正直言って、貴族名門とかあまり好印象がないんだよね……」
「そんな!! 私のことも嫌いですの?! 毎晩に囁いてくれた言葉は全部嘘でしたの?」
「いや、そっちは本当だ。セシリアのことは好きだ。愛している」
「そ、そうですの……でしたらいいのです」
「けっ、リア充ともめ。機体のネジを全部外すぞ」
視線を上げると、作業服を着た赤いロングヘアの青年がクリスのコックピットのハッチを叩いてた。
「弾か。こんな時にどうした」
ハッチを開けると、入り込んできた弾と呼ばれた青年はいきなり合掌して、決まりの悪い笑顔を見せた。
「実はさ、この間に借りた800Gだけどさ、また返せそうにないわ。悪いけど、もう少し待って貰えないか?」
「いいよ、別に」
「本当か!!」
「ああ。足りなくなったら、まだ言ってくれ。妹さんに窮屈な思いをさせる訳にはいかないだろう?」
「サンキュー! 必ず返すからよ!!」
「焦ることはないよ。どうせ俺の金は、使うところがないからさ」
淡々とそう言って、クリスの瞳に一瞬だけ寂しさが浮んだ。そしてそれを見た弾は、これ以上何も言わなくなった。
『間もなく作戦空域に到着します。各員、戦闘準備に入ってください』
突如、通信室から輸送機二台の格納庫へ飛んできた指示が、空気を一変させる。整備員がさらに早足になり退避を始め、パイロット四人がコックピットハッチを閉じてエンジンに火を入れた。
「敵部隊と接触まで300秒。現時点の情報を整理する」
四人のコックピットメインモニターに、厳しい表情をしている軍服姿の黒髪女性の顔を映った。
地球連邦軍情報部に直属する特殊任務実行部隊「ブリュンヒルデ」の指揮官、織斑千冬大尉だった。
「今回の作戦目的はブリーフィングで言った通り、DC残党によって奪われた重要物資の奪還である」
千冬の説明と同時に、メインモニターに敵部隊の情報が並び出される。
作品名:IS バニシング・トルーパー リバース 001-002 作家名:こもも