IS バニシング・トルーパー リバース 001-002
Chapter-02 甘
夢を、見ていた。
夢を、絶え間なく見続けていた。
そして今この瞬間も、夢を見ている。
とても悲しくて寂しい、別れの夢だった。
夢の中で、銀色の髪をしている少年は私を見て頼もしく笑った。
大丈夫だ、おばさんのことは任せろ、と頭を優しく撫でてくれた。
その手の温かさを一秒でも永く感じていたくて、私は地面を見つめたまま、足が動けない。
黄色の向日葵畑に囲まれた田舎道の真ん中に止まっている黒い高級車の側に立っている黒服の人が、私を催促した。
じゃ、行ってらっしゃい
そう言って、少年は私の頭から手を退けて、別れの言葉を告げた。
別れたくない。
一瞬、涙が出そうになった私は、無意識に彼の服を掴んだ。
すると、困ったような表情を浮かべつつも、少年は私を抱きしめた。
いつも心地よく感じていた、体を包んでくれるこの温もりは、こんなにも切なくて、安心させてくれた。
直ぐ迎いにいくから、待っていろ。
耳元に響いた少年の言葉に、私は小さく頷いたのだった。
――約束だよ、破ったら、一生恨んでやるんだから。
北アフリカ。
真っ赤な太陽が沈んで行く荒野の空に、一台の輸送機が飛行している。
つい先日の奪還作戦にて甚大な被害を受けたラウラ・ボーデヴィッヒ少佐の部隊の輸送機だった。
「AMの半数以上が撃破された上に、物資まで奪われたとは。失態だな、ラウラ少佐」
「申し訳ありませんでした、バン大佐」
通信室の中、モニターに映っている五十歳前後の男性軍人に向かって、銀髪の小柄女性は詫びを入れた。
先日の作戦でガーリオン二機は小破で済んだが、リオン八機は全滅した。ラウラは小柄な体格のお陰で何とか刺されずに生き延びたが、専用のガーリオンもコックピットブロックと装甲が酷く破損した。
そして何より問題なのは、作戦目標のコンテナが奪取された。
作戦は完全に失敗した。指揮官として、責任を取らねばならない。
「貴様を信頼してこの作戦を許可して、貴重なAMを与えたのだぞ。報告によれば、相手はたったのPT四機ではないか」
「弁解はしません。いかなる処分も受け入れる覚悟は出来ております」
「ふん、いいだろう。しかし今はそれ所じゃない。貴様は一旦アースグレイドルへ向かい、あそこで大人しくしていろ」
「アースクレイドル?!」
バン大佐の命令を聞いたラウラは、僅かに驚いた。
アースクレイドルとは、宇宙規模の脅威に対して、人類と言う種族を地下冬眠施設にて生き延ばせようとする計画「プロジェクト・アーク」の一環として建設された、大型地下冬眠施設である。
あの施設はDC戦争の時期において、DCの拠点として使われていたが、今では中立的の立場にあるはずだ。
「あそこの責任者が我らを受け入れたいと申し出てきたのでな、今では既に我らが再起の拠点になり、各地の同志があそこへ集いつつある。貴様もそこへ向かえ、いいな?」
「了解しました」
「では、以上だ」
「はっ!!」
一礼した後、モニターから男の姿が消えた。
下ろした手を拳に握り締め、ラウラは地面を見つめて唇を噛み締めた。
「……必ず救い出す。待っていてくれ!」
その右目には無力の自分への悔しさと、静かなる決意が滲み出ていた。
数日後の深夜九時半、アビアノ基地全体は静けさの中にあった。
照明の光が深い夜空にあふれ出し、当番の兵士があくびしながら歩き回る。
また灯っている格納庫の隅に一般兵士と整備兵達がギャンブルと言う名の娯楽を興じている声が響いている。
今は兵士たちが一日の疲れとストレスを発散する時間だ。
仕官寮の廊下を、長い髪をツインテールに結い上げた小柄のアジア女性が通って行く。
地球連邦軍情報部直属の特殊任務実行部隊「ブリュンヒルデ」所属、凰鈴音少尉だった。ステンレス製の弁当箱を大事そうに抱えて、彼女は足運びを早めていく。
階段を上げて、突き当たりの部屋の前に立ち止った彼女は、アルミ製のドアを叩いた。
「一夏、いる?」
「鈴か。開いている。勝手に入って来いよ」
「うん!」
ドアの向こうから響いた部屋の主の声を聞こえて、彼女はドアノブに手をかけた。
「こんな時間に何か用事?」
部屋の中でパソコンと向き合っていた黒髪の青年が入室してくる鈴を見て、作業中の手を止めた。
「ちょっとね、食堂の厨房を借りて夜食を作りすぎちゃったから、一夏も腹が減ってないかなっと思って。感謝してよね」
そう言いながら部屋の中に入ってきた鈴は弁当箱を開けて、中にいっぱい詰み込まれたオレンジ色の肉料理を一夏に見せた。
同時に、部屋の中に特有の酸っぱい匂いが漂った。
「おお、美味しそうじゃん」
「えへへ、今回はちょぅと自信があったからね~。はい、お箸」
「サンキューな」
鈴から箸と弁当箱を受け取って、一夏はまだ熱々の酢豚を口の中に送る。
咀嚼している一夏をみて、彼の反応を待つ鈴は唾を飲み込む。
「うん、美味いよ!!」
「そ、そう? まっ、当たり前なのよね~」
一夏の賞賛の言葉を聞いた途端、鈴は緊張しきった表情が一瞬で柔かくなり、赤く染まっあ顔を逸らして部屋中に視線を巡らせて、最後はパソコンのディスプレイに目を留めた。
「あんた、報告書まだなの? もうこんな時間だよ?」
「ちがうちがう。TC-OSのモーションパターンを作ってるんだよ」
酢豚を頬張りながら、一夏はそう返事した。
「モーションパターン? 何でだよ」
「教導隊のキタムラ少佐に見てもらうためだ。俺達の部隊は特定の基地に長期滞在することが少ないから、こうするしかないのさ」
今の教導隊は少ないメンバーでモーションパターンを更新しながら、各地の基地に訪ねて入隊希望のパイロットをテストする。各地転々とすることが多い「ブリュンヒルデ」では、こうして自分が作ったモーションパターンを送って存在をアピールするしかない。
丁度前回の作戦から、このアビアノ基地にはすでに一周間ほど滞在している。せっかくの暇なので、一夏はモーションパターンを築き始めた。
「そんなに教導隊に入りたい?」
「ああ、絶対入ってやる」
「でもあそこに入ったら、あたしと、あたし達と会えなくなるよ? 一夏は寂しくないの?」
「寂しいに決まってるさ。でもだからって、オレは諦めたくない」
思い人と離れたくない鈴の気持ちを、一夏はあくまで友人として捉えていた。
顔を曇らせた鈴の落胆を気付かずに箸の動きを速めて酢豚を全部食べ切ると、一夏は席から立った。
「酢豚はありがとうな。弁当箱は洗ったら返すよ」
「別にいいよ。そのまま返してくれても」
「これくらいさせろって。じゃ、ちょっとクリスの部屋に行って、モーションパターンの意見を聞いてくるから、お前はどうする?」
「えっ、クリスの部屋? 止めなさいよ。絶対セシリアが居るから」
「ああ……じゃ、明日にするしかないか」
セシリアがクリスの部屋に居るなら、さすがに入る勇気はない。肩を深く落として、一夏は再び座り込んだ。
「というか、どうしてアタシに聞かないのさ」
作品名:IS バニシング・トルーパー リバース 001-002 作家名:こもも