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IS  バニシング・トルーパー リバース 003-004

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 夢の中で、私は与えられた立派な部屋で一人、淋しく食事をしていた。
 冷めたスープに、湿ったパン。一口で違いが分かるほどのいい食材を使っていた。
 でも、それでもあの小さな家で母さんと彼と一緒の温かい食事が、恋しく思う。

 昨日、庭で花壇の世話を手伝っている時に、またお父さんの本妻と娘さんに鉢合わせた。
 薄汚い泥棒猫の娘って罵られて、泣きそうになった。
 いつものことだから、唇を噛み締めて、何とか堪えた。
 頑張っている彼と比べれば、これくらい大して辛くない。

 もうしばらくすれば、彼は迎いに来てくれる。
 そしたら、三人で暮らしているあの小さくて温かい家に戻れるから。
 そう考えると、もう何も怖くない。

 そういえばこの間に出した手紙、届いたのかな?


 *


 居酒屋から出てバスに乗って、マオ・インダストリー本社の寮に戻ってぐっすりと眠り一夜を明かす。朝に起きて四時間ほどの作業を続行したあと、ヒュッケバインMK-III・タイプRの調整作業はようやく終わった。
 そして今、「ブリュンヒルデ」の大型輸送シャトルは六機のPTを積んで、さっさと地球への帰還航路についていた。
 目的地である地球、マダガスカルまであと7時間。それまでにパイロット全員は、いつでも出撃できる状態にいなければならない。
 そもそも輸送シャトルの中では個人部屋もいないため、パイロット全員はいっそのこと機体のコックピットの中で休んでいた。

 「今日の千冬姉は、ちょっとおかしい」
 「なぜそう思う」
 量産型ヒュッケバインMK-IIの一番機のコックピットの中、突如に通信スピーカーから聞こえた隊友の言葉に、操縦シートに座っている銀髪青年は首を傾げた。

 「いや、だってさ、千冬姉って呼んでも、俺の頭を叩かなかったぜ?」
 「……マゾかお前は。まあ、理由の心当たりはなくもない」
 あの救い様のないブラコンのことだ。きっと昨晩に居酒屋で聞かせた昔話に、部屋で一人悶々としていたに違いない。
 まったく、何なんだこの姉弟。 

 「心当たりあるのか! 教えろよ!!」  
 「断る!」
 軽く舌打して、クリスは一方的に通信を切った。
 そして小さなため息をついて、コックピットの内部に増設されたわけの分からん装置を見回す。

 操縦シートの後、ヘッドレストの両側、操縦パネルの上など、所々に新しいデバイスが追加され、ヘルメットもデバイスとケーブルで繋がれている専用タイプに換えられている。
 パイロットの脳波で操縦を補助して反応速度を上げる、新型のMMI(マン・マシン・インターフェイス)であること以外は、何も聞かされていない。
 だが、何か裏があるのは確かだな。

 ――今はこれだけでいい。本格的なデータ採集は、地球に戻ってからだ。シャルロット・デュノア? ……知らんな。
 あのいけ好かないメガネ女学者は、確かにそう言ったな。
 学者としては一流かもしれないが、役者としては三流だな。
 嘘をついているって顔をしていたぞ。
 何を企んでいるか知らんが、その計画の奥にあの子がいるのなら、俺は必ず会いに行く。

 ――どうして、むかいにきてくれなかったの!
 あの時に聞こえた言葉が、ずっと心の中に響いている。
 そうだな。結局俺は約束を一つも守れなかった最低な男だ。
 殺したいほど恨んでいるのも当然だ。
 もう俺の顔も見たくないかもしれない。
 だが悪いな。俺はデリカシーのない自己中だ。
 だから、お前の顔をもう一度見たい。
 どこにいる? 元気にしてるか? 今でも泣き虫のままか?

 「……会いたいよ、シャル」
 無意識に、クリスは自分の最も素直な|気持ち(タブー)を、声にした。
 口に出した瞬間、胸が息できないほどに締め付けられ、心がナイフに抉られたように痛くて涙が出そうになる。
 歯を食い縛り、クリスは自分の体を抱きしめてこの痛みを必死に耐え抜こうとする。
 会いたいよと、心の中で何回も呟きながら。
 操縦パネルの上に増設された小さなデバイスがカチッと開かれ、その奥にあるレンズがまるでクリスを観察しているように作動しているのにも、まったく気付かないほど夢中に呟く。

 ――!!
 コックピットで感傷しているクリスを思考を乱したのは、突如に格納庫に響き渡る警報の音だった。


 *


 蒼穹の宇宙空間で、複数の機動兵器が青い光の尾を引きながら、「ブリュンヒルデ」の大型輸送シャトルへ迫る。
 アーマードモジュールの群れだった。
 その中で最も多いのは、大気圏内用の一般型リオンと違って、大型ブースター・ユニットとミサイルコンテナを装備した、空間戦闘用特化タイプ「コスモリオン」である。
 そして唯一の人型は、先頭にいるガーリオン・カスタム一機。

 だが、黒と橙に彩られているその機体の外見は、通常のガーリオン・カスタムとは大きく異なっている。 
 和鎧を連想させる、大袖や草摺のような分厚い追加装甲に、両肩の大型ブースター。
 腰に携えている、十五メートルほどの長さを持つ日本刀。
 そしてヘッドユニットの“口”に当る部分を覆っている、“無明”という二文字が書かれているフェイスガード。
 まるで日本武者のような外見をしているその機体が剣戟戦に特化した機体であることは、誰でも一目で分かるほど明白だった。
 そのガーリオンのコックピットの中に座っているのは、中年男一人だった。
 袖なしの服を盛り上げる筋肉の鎧を纏い、顎鬚を伸ばし、髪を後ろで束ねている。
 そしてその目に湛えているのは、無慈悲で残虐な光。

 「ムラタさん、やはり引き帰りましょう! この出撃に、一体何の意味が……!!」
 「……チッ」
 通信チャンネルから聞こえた友軍の勧告に、ムラタと呼ばれた男は煩げに操縦桿を切って捻った。 
 直後に一機のコスモリオンは上半身と下半身が別れを強いられ、爆散して塵になった。
 そしてカチンっと、ガーリオン・カスタム“無明”はそのいつ抜き出されたかを誰も見えなかった日本刀を、鞘に戻した。

 「た、隊長!!」
 周囲のコスモリオンのパイロットは、何が起きたかを理解できずに、混乱した声で叫ぶ。

 「聞け!!」
 全友軍機への通信チャンネルを開いて、ムラタは他のパイロットへ低い声で告げる。

 「我が|獅子王の剣(シシオウブレード)は今、血に餓えている。我が剣の錆になるか、我と共に血を貪るか、二つに一つだ!」
 残忍な脅迫だけを言い放って、ムラタは通信を切った。
 言い訳など、聞く耳持たぬ。斬るか、斬られるか。それだけだ。
 そう、大義も信念も理想も要らん。ただ生死を賭け、人機を斬る快楽を味わうことだけが、彼の生き甲斐。
 無論、彼を逆らえるほどの度胸を持つ兵士は、誰もいなかった。

 前方にある軍用大型輸送シャトルから、五つの機影が出てきた。
 ダークグレー色の量産型ヒュッケバインMK-II五機だった。

 「うん?! その紋章は……!!」
 その五機のヒュッケバインの肩に書かれている戦乙女のエンプレムに、ムラタは心当たりがあった。
 僅かに震えている指で、ムラタは顔の傷跡をなぞり、亢奮したように口元を吊り上げた。