【かいねこ】桜守 前編
柿野さんとともに、夕飯の支度を済ませる。
そろそろ藤林様と笹井様が降りてくる頃だと台所を出たら、いろはが血相を変えて走っていくのが見えた。
「いろは!?何処へ行く!!」
「妖魔が現れたのだ!」
「駄目だ!行くな!」
だが、いろはは振り向きもせずに外へ飛び出していく。俺も慌てて後を追った。
いろはを追って外に飛び出したが、直ぐに見失ってしまう。
「いろは!何処だ!」
声に応える者もなく、俺は闇雲に走り出した。
「いろは!」
夕闇の迫る町中は、帰宅を急ぐ人々で溢れている。
周囲の人間が、何事かと視線を向けてくるが、構っている余裕はなかった。
「いろは!何処にいる!」
何度名を呼んでも、応える声はない。
焦燥を覚えながら探し回っているうちに、人だかりが出来ているのを見つけた。
考えるより早くそちらへ向かい、人垣を押し退ける。無理矢理体を割り込ませて前に出ると、地面に倒れ伏したいろはの姿が目に飛び込んできた。
「いろは!」
急いで抱き起こすが、力の抜けた体は無理な体勢に仰け反ってしまう。背中に腕を回して抱き寄せ、頭を支えるように手を添えた。
「何だ、人形なのか。驚かせるなよ」
「化け物相手に、一人で向かっていったそうだ」
「刀みたいなのを振り回してさ。間違って人を襲ったりしないもんかね」
「怖いねえ。そんなのを野放しにしないで欲しいよ」
ざわめく周囲の人垣が、ゆっくりと解けていく。口々に勝手なことを言いながら、一人、また一人と背を向けていった。
「・・・・・・いろは、帰ろう。もう大丈夫だから」
いろはの体を抱き上げ、屋敷へと戻る。
門をくぐったところで、笹井様が表へ出てきた。
「あ、あの」
何と言えばいいか分からず、口ごもる。
笹井様は、いろはを一瞥すると、
「二階へ運べるか?」
と言った。
「はい。大丈夫です。あの」
「なら運んでくれ。俺じゃ腰が痛くなる」
笹井様は一旦背を向けたが振り返り、手を伸ばして俺の頭を撫で、
「良く見つけてくれた。礼を言う」
「いえ、俺は」
「気にするな。檻に閉じこめていた訳でもないし、お前の落ち度ではないよ」
そう言うと、また背を向けて歩き出す。
俺は笹井様の後をついて、屋敷に入った。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ