【かいねこ】桜守 前編
いろはを二階へ運び、笹井様に託す。
部屋を出ようとしたところで、
「そうだ。藤林が、用が済んだら書斎に来いってさ」
「えっ」
「そんな顔すんなよ。あいつは、見かけほど怖い相手じゃない」
それは貴方だからでしょうという言葉を飲み込んで、俺は笹井様の部屋を出る。
一体、何を言われるのだろうか・・・・・・。
心当たりはないが、それがかえって不安を掻き立てた。
笹井様や柿野さんが何と言おうと、俺にとって藤林様は取っ付きづらく、少し恐ろしい。
書斎の扉を叩くと、中から入るよう声がする。
「失礼します」と言いながら、恐る恐る扉を開いた。
藤林様が、机の向こうで本を繰っている。
「こちらに来なさい」
「・・・・・・はい」
そろそろと近づきながら、必死に何か落ち度があったかどうかを思い返した。
掃除の時に書斎に立ち入ったりはしていないし、食事の支度は柿野さんの指示通りにしたはずだ。
裏口の鍵は掛けたのを確かめたし、カーテンも全部閉めたから
「お前は、魔道の知識はあるか」
問い掛けられ、驚いて顔を上げる。
「い、いえ。俺は何も」
「では、妖魔に通常の武器が利かないことは?」
「し、知っています」
「なら、お前が駆けつけても、出来ることはないな」
「・・・・・・・・・・・・」
藤林様は、机の上で手を組むと、
「知識も、対抗する術もないお前が行っても、足手まといになるだけでなく、かえって迷惑になる。分かるか?」
「・・・・・・はい」
「いろはのことは放っておけ。あれにはあれの事情がある」
「・・・・・・・・・・・・」
言葉もなく、俺は俯いた。
藤林様の言うことはもっともだ。俺には何も出来ないし、追いかけても迷惑になる。
けれど、諦めたくなかった。今度こそ、守りたいのだ。
藤林様が、呆れたように溜め息をつくのが聞こえた。
「顔を上げろ。お前は、主人にそっくりだな」
藤林様はそう言って、目の前に手を突きだしてくる。戸惑っていると、拳の中から淡い光が漏れ出した。手を開けば、中には淡い紫色の宝石が煌めいている。
「魔石だ。見たことは?」
「あ、ありません」
「これが人形の核となる。人形遣いとは、元々魔道士の一種だ」
「え?」
そんな話は初めて聞いた。笹井様は、魔道は自分の範疇ではないと言っていたのに。
「人形の作り方だけが、こちらに伝わってきたのだ。知らぬは本人ばかり、だな。お前達人形は魔道具の一つであり、魔力に対して人よりも強い耐性がある」
「はあ・・・・・・」
話の流れが理解出来ず、俺は曖昧に頷く。
「いろはから聞いてないか?「化粧(けわい)」は女の人形しか使えぬと」
「あっ、それは聞きましたっ」
「術を使えば反動がくる。知識のない者が使えば、命を落としかねない。それは、人形でも同じこと」
そう言って、藤林様は先ほど繰っていた本を手に取り、俺に突きつけた。
「だから、お前にこれをやる。まずは知識を身につけろ。魔道を扱えるようになれば、妖魔にも対抗できる」
「え?あっ」
「魔力を具現化して、武器にする術がある。人形にしか使えぬ術だから、私も教えてやることは出来ぬ。己の力で修得することだ。まずは、魔石を作れるようになれ」
「あ・・・・・・ありがとうございます!」
藤林様の話の意図が、ようやく飲み込める。
俺は頭を下げて、本を受け取った。
「私が教えられるのは、基礎だけだぞ。そこから先は、お前一人で進むしかない」
「はい!藤林様のお気持ち、決して無駄には致しません!」
俺の言葉に、藤林様がふっと笑ったのを見て、この人でも笑うことがあるのだなと、失礼なことを考えてしまう。
「話はそれだけだ。下がりなさい」
「はい!失礼いたします!」
俺はもう一度頭を下げ、書斎を辞した。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ