【かいねこ】桜守 前編
掃除の合間に手を止めて、魔石を作ろうと意識を集中させていたら、背後から声を掛けられる。
慌てて術を解除し振り向くと、笹井様が桜餅片手に立っていた。
「何してんの?」
「掃除です」
「ふーん」
その視線に後ろめたさを感じて、背中側に手を隠す。
「貴方こそ何をしているのですか。ご自分の仕事に集中してください」
「集中してんだろ、失礼な」
笹井様はそう言うと、懐から液体の入った小瓶を取り出した。
「匂いかいでみ?」
「嫌です」
「即答かよ。大丈夫だって、依頼の品なんだから」
小瓶を突きつけられ、仕方なく手に取る。そっと蓋を外して鼻を近づければ、甘い香りが漂ってきた。
「桜餅の香りですね」
「餅はいりません。桜の香りと言いなさい」
「紛らわしいものを食べないでください」
「匂いをかいでたら、食べたくなったんです」
藤林は食べないからさーと言いつつ、手に持っていた残りの桜餅を一口で食べる。
「いろはに頼まれてたんだ。こういう香水を作ってくれってさ。今度会ったら、渡しといて」
「化粧」の術にでも使うのだろうかと、厳重に蓋を閉めて懐にしまいながら、
「ご自分で渡さないのですか?」
俺が聞くと、笹井様は露骨に顔をしかめ、
「竹村と顔を合わせたくない」
何もそこまで嫌わなくてもと言い掛けて、言葉を飲み込んだ。
笹井様は溜め息をついて、
「山吹は争い事が嫌いだった。いろはをあんな風に扱うなんて、あいつが生きていたらどれだけ悲しむか」
「竹村様は、精一杯大事に扱っているようにお見受けしますが」
「ならば何故、いろはを止めない?主人である竹村が行くなと言えば、いろはも逆らわないだろう」
「それは・・・・・・いろはの意志を尊重しているのではないですか?」
「その結果、壊れてもいいというのか」
強い口調で言われ、身を竦める。
「いろはからすれば、妖魔は仇だろうさ。憎いのも分かる。だからと言って、好き勝手にさせるのか。傷つこうと壊れようと、気が済むまでやらせるのか。そんな奴に人形は渡せない。全てを背負ってやる覚悟がないなら、引き取るべきではないんだ」
「ならば何故・・・・・・何故、貴方がいろはを引き取らなかったのですか」
笹井様は、俺の言葉に視線を逸らし、
「いろはが、うんと言わなかったのだ」
と言った。
「山吹の葬儀を終えた後、いろはを引き取ろうとしたんだが、いろはが竹村に引き取られることを望んだんだ。俺は竹村と顔を合わせたことはなかったが、お互いが望むなら、それが一番だろうと思ったんだ」
「いろはが?何故?」
「さあな。理由は言わなかったし、俺も詮索しなかったから」
そこで言葉が途切れ、沈黙が訪れた。
いろはは何故、竹村様に引き取られることを望んだのだろう。普通に考えれば、同じ人形遣いの笹井様に引き取られるのが自然だろうに。
「それは、山吹様が妖魔に襲われたことと、関係があるのでしょうか」
「どうかなあ。まあ、俺が引き取っていたら、妖魔を相手にするのは止めるからな」
笹井様は首を傾げ、
「でも、山吹の傷は、妖魔がつけたにしてはおかしいんだ」
「え?」
「妖魔は爪や牙で襲いかかってくるが、山吹の傷は、刀でつけられたもののようだった」
その言葉の意味が、最初は理解出来なかった。
妖魔がつけた傷ではないとしたら。それが刀傷だったとしたら。
「・・・・・・人が手に掛けたということですか?」
「どうかなあ。俺の勘違いかもしれん。山吹は、誰かに恨みを買うような人間ではなかったし、金品を漁った形跡もなかったしな」
「掃除の邪魔をしたな」と言って、笹井様は自室へ戻っていく。
俺はその場に残って、笹井様の言葉を繰り返し思い返していた。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ