【かいねこ】桜守 前編
柿野さんに頼まれ届け物をした帰り、魔道書にあった具現化の手順を反芻しながら歩いていたら、
「ば、化け物だー!!」
ハッとして、声のした方を向く。周囲も何事かとざわめきながら、足を止めていた。
続いて、女の悲鳴が響き渡る。
その声を聞いた瞬間、駆け出していた。妖魔が現れたとしたら、いろはも来るだろう。今の俺では、足手まといでしかない。けれど、彼女一人に押しつけたくはなかった。
方角に当たりをつけて走れば、必死の形相で逃げてくる人々とすれ違う。彼らをかわし、逆走すれば、大通りへと出た。
「いない・・・・・・?」
人影も、妖魔の姿も、此処には見当たらない。何処かへ移動したかと周囲に視線を走らせていたら、ふと影が落ちた。
「・・・・・・・・・・・・」
顔を上げれば、街灯の上に妖魔がいて、こちらを見下ろしている。金縛りにでもあったかの様に視線を外せないでいたら、表情のない顔の中でゆっくりと口が裂け、鋭い牙が覗いた。
『妖魔は爪や牙で襲いかかってくる』
笹井様の言葉が、頭の中で響き渡る。
この牙でつけられた傷なら、確かに見間違えないだろうな。
場違いな考えが、脳裏をよぎった。
こちらが動かないのを見て取ったのか、妖魔が身を起こす。その爪を見せつけるように腕を振り上げた瞬間、横から飛んできた矢が、妖魔の頭部を貫いた。
弓矢・・・・・・?だが、妖魔に通常の武器は
「何してんだよ!!走れ!!」
声と共に腕を引っ張られる。考える間もなく、引きずられるように走り出した。
「笹井様?」
目の前を走る背中に声を掛けるも、「いいから走れ」と返される。どうして此処にいるのかという問いはひとまず飲み込んで、俺は手を引かれるままに駆けた。
いろはは何処にいるのだろう?無茶をしていなければ良いが・・・・・・。
「うわっ!」
ぼんやりと考えていたら、突然笹井様がすっ転ぶ。手を引かれていた俺も、勢い余って膝を突いた。
「笹井様!ちゃんと前を見て・・・・・・」
俺の手を掴んだまま、笹井様は地面に突っ伏している。あれだけ走ったにも関わらず、息づかいが殆ど聞こえてこなかった。
「笹井様・・・・・・?」
掴んでいる手は、氷のように冷たい。強ばった指を恐る恐る外し、笹井様の体に腕を回して抱き起こした。
力の抜けた体はぐにゃりと崩れ、顔色は蝋のように白い。弱々しい呼吸が、薄く開かれた唇からすきま風のように漏れていた。
『術を使えば反動がくる。知識のない者が使えば、命を落としかねない』
藤林様の言葉が蘇る。
やはり・・・・・・!あれは「具現化」の術・・・・・・!
負担が大きく、人形にしか扱えない術。人の身で使えば、反動から命を落とすこともあるという。
そんなことはさせない。させてたまるか。
笹井様の体を抱え、藤林様の屋敷へと急いだ。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ