【かいねこ】桜守 前編
廊下に出ると、自分が寝かされていたのは二階であり、この洋館はかなりの広さだということが分かる。
こっちこっちと手招きする笹井様を追って、階段を下りた。
「家主は、さぞ名のあるお方なのでしょうか?」
「んー?俺に分かるのは、道楽に金をつぎ込めるほど、裕福だってことだけだよ。あ、後、最初は取っ付き辛いけど、慣れればいい奴だってことだな」
世話になっている相手に何という言いぐさだと思ったが、言っても無駄なことは分かっている。
この人を手元に置くくらいだから、相手も分かっているのだろうな。
随分と酔狂な方だと考えながら、俺は笹井様の後をついていった。
「藤林ー、カイトが起きたぞー」
一階の突き当たり、頑丈そうな扉をいきなり開けて、笹井様は中に声を掛ける。
「いつも言っているが、ノックぐらいしたらどうだ」
「すまんな。そういう洒落た家に住んだことがないんだ」
「ここに何年いるんだ。全く」
書斎らしき部屋の中、頑丈な机の向こうで、スーツ姿の男性が立ち上がった。
笹井様より、十は上だろうか。細面の顔立ちは、いささかやつれているようにも見える。
「君がカイトか。笹井から話は聞いている。今回は災難だったな」
手を差し出され、どうするべきか躊躇っていると、横で笹井様が笑って、
「取って喰いやしないから、安心しろよ。藤林、カイトは人形だ。俺以外からそういう扱いをされることに、慣れていない」
「そうか」
笹井様の言葉に軽く頷いて、藤林様は腰を下ろした。
「あ・・・・・・申し訳ございません」
慌てて頭を下げると、藤林様は手を振り、
「謝る必要はない。私は、余り人形には詳しくないからな」
と言う。
「でも、魔道には精通してる。カイト、藤林は、異国で「魔道学」を修めてきたんだ。その関係で、人形にも理解がある」
「藤林様は、人形遣いではないのですか?」
俺の言葉に、笹井様は手を振って笑う。
「一緒にするなって。藤林には、ちゃんとした両親が揃ってる。俺みたいに、金で売られたりせんよ」
一瞬、藤林様が強ばった顔で笹井様に視線を向けたが、直ぐに気を取り直したように、
「人の出自を云々する気はない。人形遣い達が、優れた技術を持っていることは確かだからな」
「俺は生まれる国を間違えたな。余所ならば、俺は「魔道士」として尊敬を集めただろうに」
「お前では無理だろう」
「違いない」
また笹井様はけらけらと笑う。
その時、突然扉が開き、
「藤林!いろはを診てくれ!」
着物姿の男性が乱入してきた。
笹井様はきっと目をつり上げ、
「竹村!お前また」
「笹井もいたのか!良かった!いろはを助けてくれ!」
竹村と呼ばれた男性の手を、笹井様は乱暴に払う。
「いい加減にしろ!いつもいつもお前は」
「悪いが時間がないんだ!他にも怪我人が出てる。俺は行かねばならないから、いろはを頼む」
一息に言うと、竹村様は身を翻して出て行った。
「竹村!」
「よせ。時間の無駄だ。いろは、入りなさい」
後を追いかけようとした笹井様を引き留め、藤林様が扉の向こうに声を掛けた。
陰から、小柄な少女が現れる。
「あっ・・・・・・!」
その姿に、思わず声を上げた。
大分汚れてはいるが、目の覚めるような髪色を見間違えるはずがない。
化け物に襲われたあの時、最後に見たのは彼女の後ろ姿だった。
・・・・・・いろはと言うのか。
見当違いなのは分かっているが、まずそのことが俺の気にかかった。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ