【かいねこ】桜守 前編
玄関ホールから居間、食堂を見て回る。
奥に進むと台所へと繋がっていた。
人の気配に、そーっと中を覗くと、初老の男性が忙しく立ち働いている。夕餉の支度だろうかと様子を伺っていたら、男性が振り向いた。
「おや、あんたは」
「あっ、カイトと申します。笹井様と共に、しばらくお世話になります」
慌てて頭を下げると、相手は笑って、
「何、そう堅苦しいことを言いなさんな。あたしは柿野。先代の頃からお仕えさせて頂いてる」
柿野さんは、俺に手招きすると、
「あんたとは、同じ立場ということさ。だから遠慮はしないよ。こっちに来て、支度を手伝っておくれ」
「あ、はい」
やることが出来たのが嬉しくて、柿野さんに言われるまま、籠に積まれた野菜の皮を剥く。
「旦那様には、もうお会いしたかい?」
「はい、先程」
「愛想のないお方だったろう?初対面の相手には、いつもそうさ」
「い、いえ、そんなことは」
「何、気を使わなくてもいいさ。あたしは、旦那様が生まれる前から知ってるんだ」
くっくっと笑いながら、柿野さんは手早く野菜を刻んでいった。
「あんたの主人くらいだよ、旦那様に愛想を尽かさなかったのは」
「他にも、どなたかいらっしゃったのですか?」
「ああ、いたねえ。やはり人形遣いの方々が。でも、皆さん出ていかれたよ。まあ、旦那様があの通りのお方だから」
「あー、こんなところにいたー」
笹井様の声がして顔を上げると、こちらを手招きしている。その後ろには、いろはが立っていた。
「何でしょう?」
「いろはのこと、一晩預かるから。相手してやって」
笹井様はそう言うと、いろはを置いてさっさと行ってしまう。
「えっ、あの!笹井様!」
「無駄だよ、無駄。それは、あんたが一番分かってんじゃないのかい?」
柿野さんはにやにや笑いながら、
「ここはいいから、お嬢の相手をしておやり。年寄りと話してても、詰まらないだろうからねえ」
「いえ、そんなことは」
いろはの言葉を遮り、俺に「ここはいいから」と繰り返した。
仕方なく、俺はいろはと二人、台所を後にする。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ