【かいねこ】桜守 前編
庭に出たところで、改めていろはに礼を言う。
間近で見ると、書斎で会った時よりもずっと幼く見えた。お嬢様と大して変わらないように感じる。
だからこそ余計に、彼女の身が案じられた。
「でも、あんな化け物に一人で立ち向かうなんて、危険すぎる。竹村様も」
「あれは化け物ではない。妖魔だ。聞いたことはあるだろう?」
いろはの言葉に、俺はハッとして頷いた。
「話だけは。だが」
「そうだな。妖魔は、人の立ち入らない山奥や海の底に潜んで、こちらから近づかない限り襲ってこない。そう聞いているんだろう?間違いではいないが、この時期だけは例外なんだ。今の時期だけ、妖魔は里に下りてきて、人を襲う。だから、見つけ次第、退治しているんだ」
「退治するなど・・・・・・そんな方法があるのか?」
妖魔に近づくなと言われる理由の一つに、彼らの体が恐ろしく頑丈で、銃や刀が全く効かないということがある。
藪をつつくことはない、触らぬ神に祟りなしだと言われていた。
いろはは、首を傾げて少し考える素振りをしてから、
「魔道を扱える者なら」
と言った。
「魔道?藤林様が、魔道に精通していると聞いたが」
「ああ、あの方は、誰よりも詳しいな」
ふっといろはは相好を崩すが、すぐに表情を消して、
「魔道にも様々な種類がある。私が使うのは「化粧(けわい)」という術だ。身を装うことで魔力を高め、妖魔に対抗する力を引き出すのだ」
「それでは・・・・・・お前の他にも、妖魔を退治する者がいるのか?」
「魔道」で妖魔に対抗しうるのなら、同じ事を考える者がいてもおかしくはない。
だが、いろはは首を振って、
「何処かにはいるかも知れないが、妖魔は、私にとって仇だから」
「仇、だと?それは」
「いろは!大丈夫だったか?」
声に降り向けば、先程いろはを置いていったはずの竹村様がいた。
「この近くで妖魔を見た者がいると聞いて、様子を見に来たのだ。お前に何もなければいいが、万が一のことがあっては」
「直ぐに参ります」
いろはは躊躇いなく答え、竹村様に駆け寄る。
「あっ!いろは!笹井様は一晩預かると」
慌てて引き留めようとしたが、いろはは振り向きもせず、
「すぐに戻る」
と言った。
「いろは、笹井が無理をするなと言うなら」
「大丈夫です。行きましょう」
竹村様の腕を引き、いろはは素早く出ていってしまう。
声を掛ける暇もなく、俺は二人を見送るしか出来なかった。
仕方なく台所に戻ろうとしたところを、呼び止められる。
振り向けば、笹井様と藤林様がいた。
「次、カイトの点検するからさ。こっちおいで」
「あの」
「いろははどうした?一緒ではないのか?」
藤林様に聞かれて、俺は事情を話す。
その途端、笹井様が顔色を変えた。
「は!?出ていった!?あの馬鹿!!」
身を翻して駆け出そうとする笹井様の腕を、藤林様が掴む。
「いろはは自分の意志で行ったのだろう?放っておけ。どうせ聞かん」
だが、笹井様はその手を振り払って、
「人形は俺の領分だ!口を出すな!!」
怒鳴りつけると、そのまま玄関から飛び出していった。
藤林様は気を悪くした様子もなく、俺の方を向くと、
「お前の主人は頑固だな」
そう言って、書斎に戻る。
さてどうするかと、暫くその場でぐずぐずしていたら、あっさり笹井様が戻ってきた。
不機嫌そうな顔に、聞かずとも分かるような気がしたが、それでも気になって声を掛ける。
「笹井様、いろはは」
「お前が口を出す事じゃない!弁えろ!」
怒鳴りつけられ、こちらもむかっ腹が立ち、
「何ですか、その言い種は!八つ当たりするような人はもう知りません!」
俺は笹井様に背を向けて、台所へ向かった。
作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ