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【かいねこ】桜守 前編

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台所に行くと、柿野さんがにやにやしながら俺を手招きする。

「派手にやり合ったみたいじゃあないか。え?」
「あ、すみません。みっともないところをお見せして」
「いいんだよ。おかしいと思ったら声を上げる、当たり前のことさ。けれど、当たり前ほど難しいんだ。あんた達は、いい関係を築いてるじゃあないか」
「そうでしょうか」


むしろ、子供の喧嘩のようだけれど。


「聞く耳を持ってる相手だからこそ、こっちも口を出すのさ。あんただって、他の人相手だったら勝手が違うだろうい?」

柿野さんの言葉に、確かにそうだと頷いた。
梅木様相手なら、俺も口を差し挟むことはしなかっただろう。

「いい主人を持ったよ、あんたは」

柿野さんの言葉に、俺は曖昧に笑う。


笹井様は、俺を手元に置くつもりなのだろうか・・・・・・。


ぼんやり考えつつ、残り少なくなっている野菜の皮を剥いていたら、笹井様がやってきた。

「あっ・・・・・・あの」
「ごめんなさい」

いきなり頭を下げられたので、驚いて野菜を取り落とす。

「い、いえっ、あの、俺の方こそ」
「笹井さん、この子にお嬢の世話を任せたんなら、ちゃんと説明してやるべきじゃあないのかい?自分でいつも言ってるじゃあないか、言葉にしなければ伝わらないって。横から口出してごめんなさいよ、年取ると口うるさくなってねえ」

柿野さんに言われ、笹井様はばつが悪そうに頭をかいた。

「いえ、俺がちゃんと話してなかったのが悪いんです。すみません、柿野さんにまで心配かけて」
「いいんだよ。わだかまりを残したままじゃあ、旨いもんも不味くなっちまう。さあさ、ここはいいから、二人でゆっくり話しておいで。」

笹井様と二人追い立てられ、台所を後にする。

「んー、とりあえず、こっちおいで。座って話そう」

笹井様に言われるまま、客間らしき部屋に入って、手近な椅子に腰を掛けた。
笹井様は「こういうの慣れないわー」と言いながら、ソファーに身を沈める。

「いろはさ、動ける状態じゃないんだ」

さらっと切り出されたが、その言葉の重さに息を詰めた。
それはつまり、いつ分解してもおかしくないということ。

「連れ戻そうとしたんだけど、本人がどうしても聞き入れないんだ。妖魔が現れたから、自分は行かなければって」
「何故、そこまで妖魔にこだわるのでしょう?彼女は、妖魔が仇だと言っていましたが」
「んー」

笹井様は目を閉じて顔をしかめると、

「・・・・・・山吹って言うんだ。いろはを作った人形遣いは。そいつが、妖魔に襲われて亡くなってる。もう三年になるかな」

ぽつりぽつりと話し出した。

「足を悪くしててなー、逃げられなかったらしい。いろはが使いにでている間のことでさ。そのことを、いろははずっと悔やんでる。自分が側にいれば守れたのにってな」
「そうだったのですか」

いろはの固い表情と、妖魔は仇だと言った声を思い返す。
彼女の気持ちが、痛いほど分かった。
俺も、お嬢様が命を落としていたら、同じ様に思っただろう。

「山吹様と言う方は、どのような方だったのですか?」
「んー。いい奴だったよ。誰にでも優しくてな。あいつが怒るのを見たことがない。藤林と引き合わせてやろうとしたんだが、その前に襲われてしまってな」
「藤林様に?」
「ああ。顔つきが何となく似てたんでな。会わせたら面白かろうと思って」

笹井様らしい考えだと思った。
この人は、人と人を繋ぐのが、昔から好きだから。

「それで、竹村様がいろはを引き取られたのですか」

俺の言葉に、笹井様はキッと顔を上げて、

「あいつは人形のことなど、何も分かっていない」

吐き捨てるように言った。


作品名:【かいねこ】桜守 前編 作家名:シャオ