【かいねこ】桜守 後編
それから五日経っても、笹井様は目を覚まさない。
だが、呼吸は落ち着いており、時折不明瞭な呟きを漏らすようになっていた。
柿野さんから、屋敷のことはいいから、笹井様の世話に集中しなさいと言われたが、後は自然に目を覚ますから心配無用と藤林様に言われているので、合間を縫って掃除を買ってでる。
「いいのかい?笹井様が目を覚ます時、側にいなくて」
「ありがとうございます。小さな子供でもないですし、起きたら人を呼ぶでしょう。俺も、ただ待っているのは退屈ですから」
「それじゃあ、あたしは買い出しに行ってくるからね。直ぐに戻ってくるけど、留守を頼んだよ」
「はい。いってらっしゃい」
柿野さんが出ていき、藤林様も外出しているので、この屋敷には俺と笹井様だけということだ。
声が聞こえた時に、直ぐ駆けつけられるようにと、二階を掃除していたら、階下で物音がする。
柿野さん・・・・・・にしては、えらく早いな。
忘れ物でも取りに戻ったのかと、階段の上から顔を覗かせたら、竹村様が廊下の奥から歩いてくるのが見えた。
どういうことだ?
声を掛けようとしたが、竹村様は脇目も振らずに玄関を出ていく。
何となく嫌な感じがして、俺はそっと階段を下りると、藤林様の書斎に向かった。
廊下の突き当たり、頑丈な扉は堅く閉ざされている。躊躇いがちにドアノブを引いてみたが、鍵が掛かっていた。
・・・・・・気のせいか。
笹井様のことやいろはのことで、気が高ぶっているのかも知れない。
俺は首を振って、先ほどの光景を頭から追いやり、掃除を再開した。
掃除を終えて道具を片づけていたら、柿野さんが帰ってくる。
「ただいま」
「お帰りなさい」
柿野さんは、乾物をせっせと棚にしまいながら、
「変わったことはなかったかい?」
「え?あっ、い、いえ、何も」
「そうかい。笹井様は、まだ目を覚まさないか」
「ああ、ええ。でも、藤林様が心配ないとおっしゃってますから」
「そうだね。旦那様に任せておけば、間違いないよ」
柿野さんを手伝いながら、竹村様のことは俺の勘違いだろうと、自分に言い聞かせた。
竹村様は藤林様の知り合いだし、不意に立ち寄ることもあるだろう。書斎には鍵が掛かっていたし、他の部屋も荒らされた訳ではない。俺が騒ぎ立てても、ご迷惑を掛けてしまうだけだ。
いろはのこともあるし、な。
竹村様に妙な疑いを掛けて、いろはと気まずくなるのが嫌だった。ただでさえ、最近は顔を見せに来ないのに。
笹井様のことを、気に病んでいるのだろうか・・・・・・。
いろはのせいではないと、言い聞かせてやりたかった。これ以上、余計な荷を背負わないようにと。
作品名:【かいねこ】桜守 後編 作家名:シャオ