【かいねこ】桜守 後編
藤林様の別宅は、燃え尽きた洋館と真逆の平屋だった。
俺は縁側に腰掛け、隣に座った藤林様が、山と積まれた大福をもくもくと片づけていくのを眺める。
「貴方様は、甘い物は食べないのだとお聞きしました」
「うむ」
藤林様は、自分で急須から茶を注ぐと、一息に飲み干し、
「願掛けだ。兄の仇を取るまで断っていたのだ」
「仇・・・・・・妖魔のことですか?」
しかし、それならいろはが何度も倒しているはず。
わざわざ願掛けをするなら、特定の妖魔を狙っていたのだろうか。
藤林様は首を振ると、新しい大福を口に押し込みながら、
「妖魔ではない。兄は竹村に殺されたのだ」
と言った。
「え・・・・・・えっ?」
藤林様の兄は、幼い頃に妖魔に殺されたはずだ。それが何故?
「兄は、幼い頃妖魔に襲われたが、亡くなったのではなく片足を失ったのだ。一命は取り留めたが、父が「カタワに家は継がせられない」と言ってな、兄は死んだことにして人形遣いに売ったのだ」
さらりと言われたが、余りのことに絶句する。
柿野さんは、兄が亡くなった後の家は、火が消えたようだと嘆いていたのに。
「あの頃、私はまだ幼くてな。詳しいことは分からなかったが、兄が自分のせいでいなくなってしまったことだけは分かった。年がいってから、兄は亡くなったと聞かされたが、その言葉を信じるには、私はひねくれすぎていたんだ」
藤林様は、自分が家を継いだ後、唯一の肉親である兄の行方を探し、人形遣いに売られたことまでは突き止めたと言う。人形遣いに売られた子供は、人形遣いになるしかない。だから、人形遣いを援助した。兄の存在を知る者がいると踏んだから。
「笹井から、私に似た人形遣いを知っていると聞かされ、年格好から兄に間違いないと確信した。一刻も早く会いに行きたかったのだが、互いの都合が合わなくてな。ようやく手筈が整った時には、妖魔に襲われ亡くなったと聞いた」
淡々と語られる内容に、言葉を失った。
どれ程の絶望と後悔を、この方は味わったのだろう。
「兄の大切にしていた人形が、竹村に引き取られたと聞いてな。山吹と名乗る人形遣いが兄だという確証を求めて、奴に近づいた。最初は人当たりのいい男という印象だったな。笹井がやけに嫌っていなければ、そのまま騙されていたかも知れん」
茶を啜り、淡々と言葉を続ける。
「そのうち、いろはが私と山吹の関係に気付いて、疑惑を抱いていることを打ち明けられたのだ。私は、竹村よりいろはの言葉を信じた。兄の作った人形が、おいそれと他人を陥れるはずがないと」
あの時の、泣き叫ぶいろはの顔が蘇った。
一人で抱えるには辛すぎるが、易々と口に出来る事でもない。藤林様の存在が、どれほど支えになったことだろう。
作品名:【かいねこ】桜守 後編 作家名:シャオ