それから
自分の体格の良さは伊達ではなかったようだ。リミッター解除の余波は他の選手ほどでなく、一晩眠れば普通に過ごすことに問題はなかった。
今一番心配なのはコーマの状態だ。彼女は特にリミッター解除の体への影響が強く、最後に倒れたきり三日間も眠り続けている。
倒れた時は体の痛みも忘れて、慌てて駆け寄り抱き上げた。その時の彼女の頼りない軽さを今でも覚えている。思わず泣きそうになるのをぐっと堪えて病院搬送に付き添った。
いくら父さんの為、ジェネシス計画の為とはいえ、文字通り身を粉にして成果を伝えようとしていたコーマ。あんまりだと思った。
こんなに軽くなるまで体重を絞るなんて異常だ。もっともウェイト調整をしたことにより誰よりも速いスピードを身につけたのだろうが。
その代償は散々なものだった。体をボロボロにして今は病院のベッドで眠り続けている。医師が言うには命に別状はなく、今は意識の回復を待つしかないという。
もしかしたらこのまま眠り続けて目が覚めないんじゃないかという恐ろしい想像が脳裏をかすめた。もしそんなことがあったらきっと自分は気が狂ってしまう。
彼女がいない世界に生きている意味はないと思う。お日さま園時代、言語障害で上手く言葉が発せず、結果他の子供たちと上手くコミニュケーションが取れずに孤立していた時があった。
そんな時だ、自分に話しかけてくれたのは他でもないコーマだった。
彼女は自分に言語障害があることを理解した上でなんでも話すようにと言った。彼女の言うとおり少しずつではあるが話をするように努めると、不思議なことに他の子供にはなんと言っているか聞きとれない言葉を彼女は全て理解したのだ。
それから自分はどんな時もいつもコーマの側にいた。彼女も自分を邪険にしようとせず、むしろ居てくれないと落ち着かないとまで言ってくれた。
そんな彼女に、いつからから淡い恋心を抱くようになっていた。
言葉も不自由で、グランみたいにかっこいい奴でもない自分なんかが恋愛対象の中に入ってさえいないことなんて分かりきっている。
それでも自分にとって彼女は必要な存在だ。たとえ叶わなくてもいい。親友のままでもいい。どうか目覚めて欲しい。
「ゾーハン……?」
微かにコーマの声が聞こえた。その声はかすれていてとても頼りない。すぐに喉が渇ききっていて声が上手く出ないのだと判断した。
慌てて側に置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを掴んだ。