Keep a silence 1
「豪炎寺、飲んでないじゃないか。お前も明日仕事か?」
鬼道は最初の乾杯でビールを飲んだ後、軽いサワーやカクテルを2杯ほど頼んだだけで後は酔いが回らないようソフトドリンクや烏龍茶でやりすごしていた。ふと気づくと隅の席で豪炎寺が同じように烏龍茶ばかり飲んでいるのに気づいて、ノンアルコールカクテルのグラスを引き連れて隣に腰掛けた。
「いや、俺は飲めないだけだ」
「……そうか。意外だな」
「そうなのか? 皆に言われる。弱いわけじゃないけど、美味いと思わないんだ。皆が飲んでる分、食べさせてもらってるぜ」
確かに、豪炎寺は開始直後から何度も料理を注文して誰よりもよく食べている。元々体育会系の面子なので全員よく食べるが、豪炎寺は飲んでない分よく食べている。
「まぁ、人それぞれだな。楽しいのなら何よりだ」
「そうだな。……あー、それに俺はあれを家に送り届けなきゃならないんだよ。風丸から頼まれてる」
"あれ"と指差した先には主催のくせに誰よりも真っ先に酔いつぶれた円堂が放置されていた。ちゃんと頭に座布団を敷かれ、上着をかけられている。隣で飲んでいる風丸が同じくらい紅い顔になりつつも世話を焼いたのだろう。
「風丸も相当だな……酔うなんて珍しい」
「そうなのか?」
「ああ。あいつは結構強いんだ。でも顔に出るくらいなんて相当飲んでる」
「それだけ酔いながら円堂の世話焼きは忘れないんだな……」
「仕方ないさ。もう身体に染み付いてるみたいだからな」
「だが、今日はあまり調子がよさそうじゃないみたいだけどな」
「…………お前にも、わかるか」
「解るさ。風丸はそういうのを隠そうとするから、逆に解り易いな」
「そうか……」
在席してるテーブルが離れているのをいいことに、鬼道と豪炎寺は円堂と風丸の様子を見ながら話していた。風丸は盛り上がっている輪に入ろうとせず、皆の様子を遠巻きに見て笑いながら一人でグラスを傾けている。時折、円堂の様子を確認しながら。笑顔で居ながら表情に憂いを帯びているのは、素面の人間であればすぐに解った。先程から強い酒ばかり煽っているので、頬が紅く視線も虚ろになりつつある。
「風丸が酔っ払うと……少しヤバイな」
「ヤバイ? 影野みたいに脱ぐのか?」
「いや、脱ぐわけではないが………あ」
豪炎寺が語ろうとした間に、松野が既に一方向を見続けながら黙り込んでいる風丸の側に寄った。
「かぜまるー。随分飲んでるねぇ。さっきから黙っちゃってるけどだいじょうぶ〜?」
「………マックス………?」
言葉とは裏腹に露程も心配している様子はない。風丸が酔っている様子を見て面白がって近づいたのだろう。そんな松野も大分酔っている。
だが次の瞬間松野の酔いは一気に醒めた。
風丸は驚くべき速さで近づいてきた松野のTシャツの首周りを掴んだ。そのあまりの速さに掴まれた事にも気づかないで、身体を突っ張る事も出来なかった松野はされるがままに身体を引き寄せられた。
そしてそのまま風丸の身体に密着した。というより密着しすぎている。
顔と顔は肌がぴったりとくっついている。顔面同士である。
要するにキスしていたということだった。
会場が一気に凍りついた。
作品名:Keep a silence 1 作家名:アンクウ