Keep a silence 1
風丸と潰れている円堂以外は全員が瞬時に酔いが醒めた。当事者の松野などは視界が暗転した。全員が全員、その状況が見極められずに風丸と松野に視線を集中させた。ただ一人、豪炎寺だけはそれを見て深い溜息をついた。
ほんの数秒の出来事だったが、随分長く感じた沈黙の後、風丸が豊かな長髪をさらりと揺らしながら顔を上げた。
「………ふふっ……フフフフ……あ……れ……?マックスもしかして初めて? 初めて? なの?」
「………へ?……」
「初めてなんかじゃないよねぇ〜。だってマックスだし。俺なんかよりずっと前にしちゃってるよね。ね!」
「いや、あの、風丸さーん……?」
「だからぁ、初めてじゃないならいいよね? 別にいいよねー? 奪ちゃったけど、いいよね? どうせならもっとする?」
「皆見てないで助けてーーー!!」
普段の風丸からしたら地球が裏返っても想像出来ないような発言と共に、風丸は更に松野に迫った。松野が影野に助けを求めたので影野は止めに入ったが、影野にも全く同じ動作で唇を奪いに行った。
「!!」
が、寸前で風丸が動きを止めた。
「ん〜……?影野もしかして初めて……?」
「……う、い……あ……」
「あはっ初めてじゃないんだぁ。だったらいいよね!」
「……!!!」
返事など言わせる間も与えず風丸は影野の唇を奪った。その光景を見ていた周囲は瞬時に全く同じ事を悟った。
(今近づくのはヤバイ!)
そして皆席を立って出来る限り風丸の側から離れようとした。
円堂とは逆に風丸の隣に座っていた宍戸は、全身の力を振り絞って逃げようとしたが近かった為に風丸のチーム一のスピードから振り切ることが出来ず失敗に終わった。
「宍戸……? なんで逃げるんだ……?」
「いいいいいや、風丸さん酔ってますよっちょっと落ち着いてくださいー!」
「酔って……? ああ俺酔ってるかもね! だからちゅーさせろ!」
(どういう理屈だ……)
(酔ってるって開き直るなんてタチわりーな)
(風丸、野獣のようだ……)
風丸に近づくのは大変危険だと認識したメンバーは、宍戸を助ける事が出来なかった。いわば宍戸はスケープゴートにされたのだった。
「宍戸は、彼女居るよな? だったら初めてじゃないし別にいいよな?」
「よくないですっ! よくないですー!」
「なんで……? 俺とちゅーすんの、嫌……?」
「いいいいイヤとかそういう問題じゃなくってっ!」
宍戸は大変妙な気分に陥った。酔って頬が紅く染まり、小首を傾げどこか潤んだ瞳で迫ってくる風丸は凶悪だった。持ち前の女顔が更に艶かしく見える。傾国の美女というのはきっとこんな顔で英雄という名のただの男に迫ったのだろう。鬼道は一番離れた場所でしみじみと観察した。
「嫌じゃないんだな?」
「え、い、い、いえ、あの、はいっ!」
根が真面目な宍戸は、雷門イレブンの時からチームのサブリーダー的存在だった風丸には逆らえない。思わず返事をしてしまったが最後、そのまま唇を奪われた。
宍戸と同じ後輩陣は悲鳴のような声を上げた。
「宍戸、お前の事は忘れないぜ……」
「いや、それ言ってみたかっただけでしょ、染岡」
「……」
「土門? どうしたんだ?」
それまで一部始終を黙って見ていた土門が立ち上がって、風丸に近づいていった。
「うおっあいつ勇者か」
「土門、無茶しやがって……」
「それも言ってみたかっただけですよね、半田君」
放心状態の宍戸を放置し、次のターゲットを決めかねている風丸は土門がすぐ側に居る事に気づいた。
「……? 土門?」
「そろそろ、酒落ちてきたんじゃねーの。風丸」
「……………」
そう言う土門の言葉と顔には何らかの含みがあり、何かを期待しているような顔なのも確かだった。酔っていて逆に思考が冴え渡っている風丸はそれが何を意味してるか感付き、皮肉を込めた笑みで笑った。
「土門、お前。………ずるい奴だな」
「……そーだねぇ」
風丸はその言葉を聞くと今までで一番乱暴な動作で土門に口付けた。胸倉をがっしりと掴んで頭を捕獲した。はたから見るとおおよそ接吻をしてるようには見えないのだが、それを見ていた一之瀬を囲む空気が一気に凍りついた。
作品名:Keep a silence 1 作家名:アンクウ