Keep a silence 2
にぎやかな雰囲気になりつつある後輩組に比べ、先輩組は随分神妙な空気が流れていた。
「そういえばさ、気づいた?」
「何がだ?」
松野がカクテルのマドラーを口にくわえながら唐突に切り出した。
「風丸さぁ、酔っ払ってからは円堂の事一度も見てないんだよね」
「……? そうだったか?」
「あー言われてみれば」
半田と一之瀬が頷いた。
「そうだとしたら何か変だね」
「すぐ隣に居たのに、潰れて無防備な円堂より宍戸を狙うっていうのも……ううーん……」
土門が煙草を灰皿に預けて腕を組み、首を傾げた。
「風丸にとって円堂は神様みたいなものだもの。キスなんて絶対ムリ。……でも、あれはなんとなく避けてるって感じだったなぁ。素面の時もさ」
「何でだろ? 風丸、円堂と何かあったの?」
「……」
「……」
一之瀬がなんとはなしに聞いてみると、半田と染岡が目をあわせた。
「……これは円堂から直接聞いた話じゃないんだけどさ」
半田が皆に視線をよこして、声を潜めて話し始めた。別に誰かに聞かれて困るような事ではないのだが、なんとなく雰囲気でそうしてるのだろう。
「円堂、ヨーロッパに行くかもしれないんだって」
「ヨーロッパ?」
「ヨーロッパに?」
「マジで?」
各々それぞれの反応で応えた。誰もが大体声が裏返っている。
「そ。あっちのチームの監督に見初められたとかなんとか」
「誰に聞いたのさ」
松野が半信半疑のように半田に問いかける。
「風丸」
その言葉に周囲は納得せざるを得なかった。仲間内では風丸が円堂の事を一番よく知っている。風丸からの情報ならば信じざるを得ない。
「風丸自身もまだそうだとは断定してなかったけどよ……」
染岡が付け足した。
「その時の風丸、どんな感じだった?」
「うーん、普通だったかな。普通に円堂の海外進出を喜んでるって感じだった」
「だな。特におかしな様子はなかった」
事実だった。半田にも染岡にもそれを語る風丸はごく普通に見えた。宇宙人とかを相手にしていて今更海外だよ、などと冗談も言える余裕も見せていた。
「だからその事が今日に響いたかどうかは正直わかんないけど、あいつと円堂に何かあったっていうならその事しか思い浮かばないなあ……」
「ふーん。なるほどね。納得」
松野が相変わらずマドラーを咥えてプラプラとゆらしながら軽く言った。
「納得って何だよマックス」
「要するにさぁ、寂しいんでしょ。風丸は。円堂が海外に行っちゃうから」
「そんな理由で?」
土門が信じられないと言わんばかりに驚いてみせた。
「……でも、可能性あるよな。風丸はあんな性格だから口が裂けても円堂に行かないでほしいなんて言えないし。そこらへんの悩みが爆発して今日みたいな事になっちゃったのかも」
「ちょっと、なんで僕見ながら言うのさ」
半田は風丸が暴走した時の第一被害者である松野を見ながら推測した。
「でもさ、そこまで悩むことかねぇ?」
土門が店に入ってから四本目の煙草をもみ消しながら言った。
「確かにね。俺だってアメリカで離れて暮らしてるし、土門や秋には年に数回会える程度だけど、辛いなんて思った事はあんまりないよ。そりゃないわけじゃないけどさ。寂しいのは事実だし」
一之瀬は土門の灰皿を自然な動作で遠ざけながら言った。
「いい加減いい歳だしな。俺らも」
土門は横目で灰皿を追いつつも、見ないふりをして手持ち無沙汰になった腕を組んで更に続けた。
「そうかもしれないけどさ、二人とあの二人は違うもの」
「?」
松野の言葉に土門と一之瀬は首を傾げた。
「お前らは離れてた時期が長かっただろ。土門なんか一之瀬は死んじまったもんだと思ってたわけだし」
ま、生きてたけどな。一之瀬が顔を少し俯かせたので慌てて染岡は付け足した。
「まぁ、要するに適度な距離が取れる関係ってことだよね」
故意かはわからないが松野がフォローした。
「あいつらは違うよ……。ずーっと一緒に居たからな。あの二人は親同士も仲良くって本当に付き合いが長い。風丸は未だに円堂にべったりだし、円堂から引き離されるなんてきっとあいつは駄目になるかもしれないな」
「円堂はそうじゃねーだろうけど。だからこそ風丸は円堂に行かないでほしいなんて言えねーんじゃねーの?」
半田と染岡が言い終わると、一瞬間が空いた。土門も一之瀬も二人の事を効果音をつけるならきょとんと見続けている。
「な、なんだよ、黙っちまって」
「いや、うん、二人ともあいつらの事よく見てるなって」
「そうだよ。二人だってあの二人の事よく理解してるじゃん」
「ああ……」
「まぁ、俺らも付き合い長いからな……。なんだかんだ言って」
「あの二人じゃあ嫌でも目につくよねぇ」
松野がやっとマドラーをグラスに戻して言った。
作品名:Keep a silence 2 作家名:アンクウ