ベン・トー~if story~ vol.2
7部 先輩のために
そして三日後。遂にその日がやってきた。
俺は、槍水先輩を迎えに行く。
「先輩、具合はどうですか?」
「……」
「先輩?」
「…熱が下がらないんだ」
「え…」
「済まないな、せっかく薬を買ってきてもらったり看病までしてもらったのに…」
「いえ…でも、そうしたら、弁当は…」
「諦めるしか、ないだろうな…」
「……」
「そんな顔をするな。今回は悔しい思いをするが、次にまた、もっと良い弁当を狙えばいいだけだ」
「はい…」
「とりあえず、私は眠るよ」
そう言うと先輩は本当に眠ってしまった。
次にもっと良い弁当を狙えばいい、か。でも、俺は納得がいかなかった。
だから…
「先輩、待っててください。俺一人じゃ無理でも、必ずうなぎ弁当を手にいれてきます」
俺は眠っている先輩に囁きかけて、先輩の家を出た。
ああは言ったけど、具体的にどうするべきか…。俺は考えを巡らせる。
佐藤と奢莪に協力してもらうのが一番だろうな。
俺は携帯を取りだし、佐藤に電話をかける。
が、いくら呼び出しても応答する気配が無い。
「…ダメか」
続いて奢莪に電話をかける。
「…もしもし?」
「奢莪か」
「どうしたの?ま、だいたいわかるけどさ」
「先輩の具合が良くならないんだ。だから…」
「アンタが代わりに出たいっていうんでしょ?」
「あぁ」
「止めときな。アンタじゃ即退場だよ。犬ですらないアンタじゃね」
「……」
「…藤島。オルトロスって知ってる?」
「ああ。この間会ったよ」
「うなぎ弁当を獲りたいなら、あの二人を倒さなきゃならない。本調子でなかったとはいえ、あの魔女が負けた相手にアンタが敵うはずないんだ。だから、諦めな。仮に倒しても、その後には私達もいるんだ。どっちみちアンタに勝ち目はないよ」
「そうか、そうだよな…」
「……もっとも、そんな乱戦にもならないかも知れないけどね」
「どういうことだ?」
「ヘラクレスの棍棒。そいつがこの街に来てるらしい」
「ヘラクレスの棍棒?」
「あのオルトロスを唯一倒した…っていうよりは追放に近い形で狼の世界から追い出した男らしいよ」
俺は奢莪からヘラクレスの棍棒について聞いた。俺も狼達の戦いを見てきた人間だ。その話を聞くうち。ヘラクレスの棍棒のやり口に腹が立ってきた。
「卑怯な奴だな。いや、それは俺も同じか。自分が戦えないからってお前や佐藤に取ってもらおうとしてるしな」
「で、結局どうするの?」
「俺は…」
そして、夕方。
スーパーには続々と狼達が集ってきていた。
俺はダメ元で、今日この日だけは争奪戦に参加することにした。
それにしても、うなぎを焼く良い匂いがする。腹が減ってきた。
「佐藤の奴…来てないのか?」
辺りを見回しても佐藤らしき人影は見当たらない。
そうこうするうち、周囲がざわついてきた。見ると、オルトロスがスーパーに入ってきたところだった。
と、数分遅れて今度は帽子を被った一人の若い男が入ってきた。
そして、争奪戦開始時刻になった。すると、我先に飛び出そうとする狼達を制して先ほどの帽子を被った男が口を開いた。
「あの二人がいると、我々が弁当を獲るのに苦労する。だからまずは、あの二人に弁当を取っていただきましょう」
恭しく喋り、振る舞ってはいるが、言っていることは狼としては最低なんじゃないかと思える言葉をペラペラと連ねていく。だが、他の狼達は皆黙りこんでしまい、それを止めようとはしなかった。
「さぁ、どうぞ。好きな弁当を取っていくといい。我々はそのあと、ゆっくりと半額弁当争奪戦を始めさせてもらう」
なるほど、こいつがヘラクレスの棍棒か。こいつには本当に狼としての誇りも何もないみたいだな。
オルトロスを見れば、二人揃って弁当の方へ足を進めていく。だが、その表情はとても悔しそうだった。
「さぁ、早く!」
「……いい加減にしろよ」
「ん?」
俺は辛抱堪らなくなって口を開いていた。その場にいた全員の視線が俺に向く。
「お前、恥ずかしくないのか。勝負から逃げて、安全に弁当を獲ろうと考えるなんて」
「それの何が悪い?オルトロスは強い。むしろ敬意を払って先に弁当を取ってもらおうと思っているだけさ。群れのボスは安全に食事を摂り、残った子分達は体を張って残り少ない自分の餌を確保する。自然界じゃこんなのが日常茶飯事だ。そうだろ?」
「でも、こんな方法で手に入れた弁当を、皆は心から美味しいと思って食べられるのか?そんなはずはないだろう。俺は狼達の戦いを何度も見てきた。こいつらは皆、どんな強敵がいようと誇りを持って戦いに挑んでいた。お前はそれを真っ向から否定してる」
「だから何だというんだい?君はただ見てきたという理由だけで狼達を理解したつもりでいるのかな?だとしたら、それは間違いだ。俺のような考えの奴だっている。なぁ、今この場にもいるだろう?俺と同じような考えの奴が!」
狼達に反応は無い。だが皆、歯痒い思いをしているらしいのは見てわかる。
ふと、スーパーの自動ドアが開いた。そいつは真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「佐藤!」
「おや。君はもう来ないと思っていたよ」
俺の声にも、ヘラクレスの棍棒の言葉にも、息を切らす佐藤は耳を貸さずにひたすら何かを待っていた。
やがて、その時は来る。
佐藤の腹の虫が大きく呻きを上げた。
「腹の虫の加護は本能だ。誰も逆らえない」
佐藤が口を開く。すると、他の狼達の腹の虫も呼応するかのように鳴り出した。佐藤が駆け出す。他の狼達も隻を切ったように一気に駆け出す。俺もそれに続く。
「お前達は…!よくも邪魔をしてくれたな!」
ヘラクレスの棍棒が俺と佐藤に向かってくる。
「お前はすっこんでろ!!」
俺と佐藤のWパンチでヘラクレスの棍棒は一発KOとなった。
「来い、オルトロス!」
佐藤が叫ぶ。ここからオルトロスも入り交じっての大乱戦になった。
そして…。
争奪戦が終わり、俺は先輩の家へ向かう。
部屋に入ると先輩は起きていた。
「起きてて大丈夫なんですか?」
「あぁ。すっかり熱も引いたよ」
「それはよかったです。晩御飯、買ってきました。一緒に食べましょう」
「そうだな」
そこで俺は、月桂冠付きのうなぎ弁当を取り出す。先輩は当然ながら驚いた顔をしてこちらを見てくる。
「藤島…これはお前が獲ったのか?」
「…はい、そうです。もう大変だったんですよ?」
「だろうな。あのオルトロスもいたんだろう?」
「いましたよ、もちろん」
「それで月桂冠か…。お前、実は凄いんじゃないか?」
「まぐれですよ。それより食べましょう」
「ああ、半分こにしてな」
先輩は弁当の蓋を開ける。
「いただきます」
そして食べ始める。
「…美味しい。凄く美味しいぞ。藤島も食べてみろ」
そう言って先輩は、あーんしろと言ってくる。俺は言われるままに先輩から弁当を食べさせてもらった。
「本当だ、凄く美味しい…!それに何か、いつもよりも美味しく感じる…!」
「そうだろう?勝利の一味は、何物にも変えがたいからな」
こうして新たな弁当の魅力を知りつつ、俺と先輩は弁当を食べ進めた。
食後。
「なぁ、藤島。どうやって月桂冠を獲得したんだ?」
不意に先輩にそう聞かれた。
「それは、えっと…」
「すいません、先輩。実は…」
作品名:ベン・トー~if story~ vol.2 作家名:Dakuto