狐甲伝
――――――ぴちゃん――――――――
ぴちゃん―――――――
――――――ぴちゃ・・・――
広い空間の中水滴の落ちる音が嫌に頭に響く。
自身の服は床に一面に敷き詰められた水により濡れていた 。
瞼を開けば薄暗く、仄かな赤い光が毒々しさを際立たせて いる。
横倒れていた身体を起こし、辺りを見回す。
「ここは・・・」
周りの景色にナルトは既視感(きしかん)を覚える、過去にほんの数度 だけこの空間へと訪れた事があるのだ。
「・・・・でか狐、俺を呼んだのはおまえか?」
視線を高く上げ目の前を見れば巨大な牢。その中に小山一 つ分はあろうかという程の大きさを誇る狐が、此方を見下 ろしていた。
「普段はうんともすんともなにもしてこねー癖に、随分乱 暴な招待だってば」
狐はフンッと鼻を鳴らし、お前が苦しんでいようが然して もどうでもよいとでもいうかの様な態度で顔ごと視線をナ ルトから外す。
「懐かしくもなんともないが、同胞の匂いを感じたのでな 。足止めをしたまでよ」
特に表情を変えることも無く、視線だけをナルトに戻しな がらそう言う狐に。ナルトは普段の悪鬼の様な笑みや激昂 を宿した憎悪の表情でない姿に違和感を感じながらも、一 つの単語に反応する。
「はらから?」
「他の尾獣の気配がしたと言っているんだ」
聞き返されたのがうっとおしかったのであろうか、狐は不機嫌そうに睨みつけ、吐き捨てる様に言ってきた。
「だいいち、奴らは他の四大国と一国にばらばらに封印さ れ縛られているはずだ。火の国にはワシしかおらん、だと いうにこの火の国の町で他の尾獣の気配。何かあると考え るのが筋であろう」
「他にもおまえみたいな尾獣が居んのか」
「本当になにも知らんのだな、お前は」
素直に疑問を口にすれば、狐は嗤う。
ナルトは口を噤み、歯を微かに食いしばる。
「・・・んなのは自分でも解ってるってばよ」
そう、ナルトは己が無知であると理解している。 自らが何故、生まれてからずっと里の者達に疎まれ嫌悪さ れてきたのか?其れを知ったのでさえ、今からつい二年前 の事。 今は師匠である自来也に少しずつではあれ自分が何者であ るかを教えられてはいるものの、里にはナルトの事につい て堅く箝口令(かんこうれい)が敷かれている。 一年前に修行の為に里から出るまで、とてもではないが真 実を知る事が出来る状況ではなかったのだ。
自分の複雑な事情などこの狐にとってはただの言い訳にし か聞こえないだろう、煮え切らない胸の靄(もや)を無理矢理沈め、 でも・・・とぽつぽつとナルトは狐に訴える。
「だからこそ・・・、知らなきゃいけねえんじゃないのか ?」
「・・・・・・」
知ろうとしなければ解らない。一を聞いて十を理解するよ うな頭を持っているわけでもない、言われなくとも理解し ろと言われて解るような洞察力を持っているわけでもない 。 たとえ目の前の狐に嘲られようが、ナルトには聞くことし かできない。
ナルトの言葉に、狐は先ほどのように不機嫌に鼻を鳴らす 。
「人間は本当に愚かだな・・・。・・・まぁいい。すぐに お前の目も覚める、あとはあの虫野郎に聞くことだな」
狐が言葉を発した直後、ナルトの視界がだんだんと霞んで ゆく。狐の言うと通り意識が覚醒するからなのだろう。
最後に聞こえた言葉に、狐なりの優しさなのだろうか?と ナルトは明けてゆく視界の中思った。